Part.1 I'll tell you about... meaning of kiss



自分の行動が、常軌を逸しているなんてことは、当の自分が一番良く分かっていた。

だけど、それでも。

【レオナルド】

二度と届かない太陽を求め続けるこの手を、俺は、下ろすことが出来ない。


自分たちの塒の、最奥。兄弟たちすらあまり足を踏み入れないようなその場所に、俺は佇んでいた。
部屋の大部分を占めるのは、たくさんの装置と繋がった、アクリルの水槽。薄い黄に色づいた培養液の中に、一体の亀のミュータントが浮かんでいた。
モニターに表示される数値は、『彼』の体組織が、全て完成したことを告げる。
…「彼」のクローンである俺自身の細胞を使って、「彼」に似せて作り上げた、俺自身のクローン。その肌は瑞々しいライトグリーン。すんなりと伸びる両の手足も、「彼」と同じ。ただ違うのは、この水槽に浮かぶ『彼』は、人間でいえば十歳くらいの、少し幼い姿なことくらいだ。無論、そうなるように、俺が情報を操作したのである。

【お願いだから考え直して…! そんな事をしたって、彼は帰ってこないんだよ!】

…記憶に残るコーディの声が、脳内で再生される。彼は最後まで、俺の行いに反対していた。だが…、

(…すまない。だが、こうでもしないと、俺の気が治まらない…!)

コーディの声を記憶から振り切り、俺は装置のレバーを押し上げる。ごぽっ、と音を立てて、培養液が排出されていく。それが終わると、水槽も取り外される。底に横たわる小さな亀のミュータントは、外気に触れたことで、ふっと目を覚ました。
「…ん、んん…。」
ゆっくりとその場に身を起こし、両目を指でごしごしと擦る。ぱっと開いた瞳の色は、淡い琥珀。
たった今、この世界に生まれ出たばかりの『彼』に、俺が一番初めに行ったのは。

―唇を、奪うことだった。

「…う?」
俺にキスをされながら、『彼』は琥珀色の瞳を大きく見開き、呆気に取られたような表情で俺を見つめている。唇を離し、俺は精いっぱいの笑みを浮かべて、

「…お帰り、【レオナルド】。」

焦がれてやまない太陽の名を、『彼』に与えた。

「レオナルド…?」
「そう、それがお前の名前だ。何度も繰り返して覚えろ。」
「レオナルド…。」
言われた通り、彼は俺が与えた名を、何度も繰り返している。その声すらも、…オリジナルのレオナルドと似ている。…少し幼いことを別にすれば。
「俺の名前は、レオナルド…。 じゃあ、あんたは?」
それまで、自分の名を繰り返していた彼が、不意に俺にそんな質問を投げる。
「俺か? ダークレオナルド、という。」
「…ダーク、レオナルド…。」
鸚鵡返しではあるが、彼は俺の名を口にする。それが無性に… 嬉しかった。
「えっと、俺がレオナルドで、あんたがダークレオナルドで…。」
自分の手と、俺の顔を交互に見ながら、彼は呟きを続ける。そして突然、明るい笑顔を浮かべた。
「うん! 俺、覚えた!」
「…いい子だ。」
掠れた声で囁いて、俺はレオナルドの体を抱き上げる。…あぁ、戻ってきた。あんなにも焦がれてやまなかった太陽が、俺の腕の中に戻ってきた…!
頭を撫でてやると、レオナルドは嬉しそうに微笑む。目じりに滲んだ涙の粒を拭い、俺もレオナルドに笑いかけた。


それからの俺は、レオナルドの教育に明け暮れた。
こっそりとコーディを頼り、彼のための調度品を誂える。ベッド、テーブル、テレビ番組や映画を見るためのモニター、インターネットに繋ぐための端末、彼のための本もたくさん用意した。
「わぁ、ふかふかだ!」
運び込まれたベッドに、レオナルドははしゃぎながら飛び込む。広いベッドの中に半ば埋もれながら、レオナルドは俺に無邪気な笑顔を向けてくる。
「これなら、ダークレオナルドも一緒に寝られるね!」
「…そうだな。」
喜ぶ彼は、純粋に可愛らしいと思う。年相応の振る舞いを、俺は保護者のような視点で、優しく見つめていた。
レオナルドには、色々なことを教えた。己の名前を筆頭に、文字の読み方、書き方、端末の使い方、彼が「知りたい」と言えば、俺は自分が知る限りの知識を与える。時には、二人してインターネット端末で調べることもある。レオナルドは、俺から与えられる知識を、乾いた砂に水が染み込んでいくように、次々と覚えていった。
「勉強は、大変ではないか?」
戯れに、そんな質問をしてみる。するとレオナルドは、少し考え込んだ後にこう言った。
「んー…、楽しいよ。今まで知らなかった色々なことが分かるし、…ダークレオナルドも、側にいてくれるし。」
言葉が終わると、腕に彼の顔が擦り寄ってくる。…彼が、ここまで俺を慕ってくれていることが嬉しくもあり、少々切なくもあった。

食物は、俺が外から調達してきた。彼がこの部屋から出るのは危険すぎる。彼の存在は、兄弟たちにすら秘密にしてあるのだ。もし見つかったら、どんな目に遭わされるか分からない。だからレオナルドには、「俺の許しがなければ、絶対にこの部屋から出てはいけない」と、厳しく言い渡しておいた。
…最も、彼はあの部屋と、俺しか知らない。それが彼の世界の全て。…それでいい。
「レオナルド、食事だぞ。」
二人分の食事を持ち、俺は彼がいる部屋のドアを開ける。すると、
「あ、お帰り!」
…部屋の床いっぱいに、画用紙が広がっていた。色とりどりのクレヨンで彩られた画用紙は、昨日、俺が買い与えたものだった。
足元の一枚を拾い上げてみる。大きく書かれた自分の名前に、インターネット端末で見た青い花が描かれている。
当のレオナルドは、床に寝そべって絵を描き続けていた。食事をテーブルに置き、彼が何を描いているのかを覗き込んでみる。すると、
「…俺、か?」
レオナルドの手元の画用紙には、紛れもなく、俺の似顔絵が描かれていた。その横には、少し小さく、レオナルド自身の似顔絵も描かれている。
最後に、紙の余白に、俺と自分の名を書きいれ…
「出来た!!」
嬉しそうに紙を取り上げ、自慢げに見せてくる。上手いでしょ、と言わんばかりに。
「…すごいな、よく描けている。」
誉め言葉を口にすると、レオナルドは満面の笑みで俺に抱きついてきた。
「俺さ、ダークレオナルドに誉められると、すげぇ嬉しい!」
明るい言葉を聞いていると、俺の心の中まで、ほの温かくなる。この笑顔を見られる特権を噛み締めながら、俺はレオナルドの頭を撫でてやった。


そんな生活を、一週間ほど続けていた、ある日。
「ねぇ、ダークレオナルド…。」
「…ん?」
膝の上に乗せて本を読んでいると、急にレオナルドが振り向いてくる。
「教えて欲しいことがあるんだ…。」
「…何だ?」
読みかけの本を閉じて、俺はレオナルドと顔を合わせる。恥ずかしそうに俺にしがみついてきたレオナルドは、一呼吸置いてから、ぽつぽつと喋りだした。
「…あの、最初に、目が覚めたとき、ダークレオナルド、俺に何かしたよね。」
「最初?」
問われて、俺は思い返す。初めてレオナルドが目を覚ましたとき、俺は…。
「…あ、あれ、か…。」
思い出すだけで、顔が朱に染まる。俺の言いたいことを察知したのか、レオナルドがその後を引き継いだ。
「そう。あの、…俺と、ダークレオナルドの唇を、ぺたってくっつける、あれ。あれは一体何なの?」
…まさか覚えていたとは思わなかった。適当なことを言ってごまかすのは簡単だが、彼に嘘は吐きたくない。悩んだ末、俺は事実を話そうと決めた。
「あれは、キス、と言う。互いが互いを、大事な存在だ、と確かめるための行為だ。」
「キス…。」
その二文字を、口の中で繰り返してから、ぱっとレオナルドは顔を上げる。そして、
「……!」
俺が、その動きに反応するよりも早く、レオナルドは俺にキスをしてきた。小さな唇が、俺に触れている。滑らかな感触が心地いい。
「…へへ、ダークレオナルドは、俺にとって、すっごく大切な人なんだ。だから…。」
照れながら、レオナルドは頭を掻く。感情を抑えきれなくなり、俺は彼の体をしっかりと抱きしめた。
「…ね、ダークレオナルドは? 俺のこと、大切?」
「…あぁ。」
低く呟いて、それを証明するように、俺はレオナルドにそっと口付けた。
「…へへー、嬉しいなー…。」
俺の腕に抱かれながら、彼は満たされたように目を閉じる。愛しさが溢れ出して止まらない。
己の行為が間違っていなかったことを、改めて認識する。例え人工の命でも、彼は俺にとって、かけがえのない存在だ…!


レオナルド。

俺だけの太陽となることを運命付けられた彼は、日の光も、誰の目も届かない最奥で、今日もきらきらと笑っている。



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