I'll tell you about... Happiness is very fragile. So, I've got to protect
it.
「…ねぇ、ダークレオナルド。」
「…ん?」
ベッドに横になる。俺の体を背もたれ代わりにして本を読んでいたレオナルドが、ふと、その手を止めた。
「どうした?」
「うん…。あのね、聞きたいことがあるんだ。」
本をぱたりと閉じて、彼は俺に向き直る。レオナルドが俺に質問をしてくるのは珍しいことではないが、今日はいつもより真剣な面持ちだ。
「あの…。」
言いかけて、レオナルドは口を閉じる。言いにくいことらしいが、俺はあえて続きを促さず、笑顔のまま、彼の言葉を待った。しかし、
「…レオナルド、って、誰なの?」
…その笑顔が、一気に強張った。心臓を、冷たい手で鷲掴みにされたような感覚。内心の動揺を出来るだけ表に出さぬよう、俺はあえて微笑んだ。
「…妙なことを聞くな。」
不安そうな顔をする彼の頭を、ぽんぽんと撫でてやる。
「レオナルドは、お前じゃないか。」
「それは、そうなんだけど…。」
俺の答えに、彼はまだ納得のいかない様子で、ぶつぶつと小さく呟いていた。それでも、
「…うん。そっか、そうだよね。」
どうにか納得したのか、レオナルドは俺に寄り添うように横になる。彼が読んでいた本のタイトルが「白鳥の湖」なのに気づき、俺は眉間に皺を寄せた。
この物語には、ライバルがヒロインに成り代わって王子を騙す、という描写がある。レオナルドも、何か思うところがあっての、あの発言だったのだろうが…。
しかし、レオナルドは自分なりに答えを見つけ、幸せそうな表情で目を閉じている。ちくりと胸を竦ませる痛みを、俺は無視した。
願わくば、何も気づかないままでいてほしい。そんな甘い考えを、俺は持ち続けていた。
その日、俺はいつも通り、兄弟たちとレオナルドの分の食事を買い込み、自分たちの塒へと戻る最中だった。
茶色の紙袋に詰め込まれた食料。その多さに嘆息しながら、俺は歩を進める。だが、次の瞬間。
「…っ!?」
突然、俺の前に白い強化服を着た兵士たちが現れた。一斉に銃口を向けられ、俺は身構える。
ちらりと後ろに視線を走らせると、俺の背後にも同じような連中がいる。退路を断たれ、俺は歯噛みする。こいつらがどういう意図で俺に接触してきたかは知らんが、もし俺に危害を加えるつもりなら…!
「驚かせてしまって済まない。」
めまぐるしく変わる俺の思考を中断したのは、不意に横合いから掛けられた声。左右にまた、別の兵士を従えて出てきたその姿に、俺は思わず目を見開いた。
「あんた、は…!?」
白い、ローブのような衣装を纏った彼に、俺は見覚えがあった。―プレジデント・ビショップ。俺たちのような存在でも、普通に生活できる世界の基盤を作った存在。かつては俺たちとも敵対していたようなものだったが…。
そんな彼が、何故ここに? そして何故、俺に接触を試みる? すぐに驚きから立ち直り、怪訝な視線を向ける俺に対し、彼はあくまでも穏やかな態度を崩さない。
「君に危害を加えるつもりはないんだ。ただ、私の頼みを聞いてほしいだけだ。」
「…頼み、とは…?」
やっとのことで、それだけ口にする。警戒の色を解かない俺に、彼はぽつりとこぼした。
「…レオナルドに、会わせてもらいたい。」
「なっ…!?」
俺の動揺は、頂点に達した。誰にも話していないはずのレオナルドの存在を、何故彼が…!? 改めて身構える俺を、彼は慌てて宥める。
「誤解しないでほしい。実は、レオナルドのことは、君の友人のジョーンズくんから耳にしたんだ。もちろん、私が無理に聞きだしてしまっただけで、彼には何の罪もない。それだけは分かってくれ。」
「……。」
彼の意図が分からず、俺は眉をひそめる。何故彼は、レオナルドに会いたがっているんだ? すると、まるで俺の疑問を察したかのように、プレジデントは苦笑とともに口を開く。
「私とタートルズは、親しい友だった…。彼らがこの時代に来ていたのには驚いたが、概ね良好な関係を築いていたように思う。まぁ、その辺りの詳しい事情は、今回の件には関係がないから、割愛させてほしい。」
ゆっくりと歩を進めながら、プレジデントは語り続ける。
「彼らが元の時代に戻ったと聞いたのも、ジョーンズくんの口からだった。少々残念にも思ったが…、今、君のもとに、『レオナルド』がいるという。どうやって生み出したかまでは聞かないが、かつての友にもう一度会えるなら、こんなに嬉しいことはない。」
彼はそこで言葉を切り、俺の方に向き直る。
「どうだろう、会わせてはもらえないだろうか?」
元より、俺の方に拒否する理由などない。俺は言われるままに、プレジデントを自分たちの塒へと案内した。
ドアを、三回ノックする。これは俺たちの間で取り決めた合図で、俺が外から帰るときには、必ず三回ノックをすることにしている。それを聞いて、レオナルドは俺が帰ってきたことを知るのだ。
「はーい。」
可愛らしい声と共に、ドアの鍵が開けられ、中からレオナルドの顔がのぞく。俺の姿を認めると、彼はぱっと笑顔になった。
「ただいま。」
「お帰りなさい、ダークレオナルド!」
無邪気に抱きついてきた彼の頭を撫でてやり、俺は一歩脇に避ける。
「レオナルド、お客さんだ。」
「え? 誰? コーディ?」
俺の体の影から顔を出したレオナルドは、俺の後ろにいるのがプレジデントだと分かった瞬間、呆気に取られたような表情になった。
「…えっ、もしかして、…プレジデント・ビショップ!? 俺、テレビの中継で見たことあるよ! すげー、ダークレオナルドって、プレジデントと知り合いなんだ!」
途端に嬉しそうな顔になり、レオナルドはプレジデントの前まで行き、直立不動の姿勢を取る。
「初めまして、プレジデント・ビショップ! 俺、レオナルドって言います!」
元気よく言い放った言葉に、プレジデントは少しだけ表情を緩めた。
「…プレジデント・ビショップだ。初めまして、レオナルドくん。」
差し出された手を、レオナルドは握り返す。シェイクハンド、という挨拶の一種だ。
「わぁ…!」
感激しているのか、レオナルドは呆けたようにため息をつく。そんな彼を見ながら、プレジデントはぽつりと呟いた。
「…なるほど、彼にそっくりだ…。」
その発言を聞きとがめて、俺はぴくりと眉を動かす。
「プレジデント、その話は…。」
「…あぁ、そうだったな。済まない。」
幸いにも、先ほどのプレジデントの言葉を、レオナルドは意に介していなかったらしい。彼の手を引っ張り、部屋の中にある本棚やインターネットに繋ぐ端末、自分が描いた絵などを見せて回っていた。
「これ、昨日描いた、俺とダークレオナルドです。」
「ほう、上手いな。今度、私も描いてくれないか?」
「はい!」
プレジデントの言葉に、レオナルドは笑顔で返事をしている。…やはり、会わせたのは間違いではなかった。仲良さそうに話す二人を見ながら、俺は軽い安堵感に包まれていた。
幸せだった。このまま、誰にもジャマされずに暮らせると思っていた。
しかし、俺は思い知らされる。幸せとは、ひどく脆く、壊れやすい。だからこそ、守らねばならぬ物なのだと。
その時、俺はリビングで本を読んでいた。コーディから借りた、青い背表紙の本。レオナルドの部屋にいなかったのは、彼が昼寝をしていたので、ジャマをしたくなかったから。
物語に集中していた俺は、部屋から出てきたミケランジェロが、塒の奥へ姿を消したのも気づかずにいた。そして。
「…うわああああああっ!?」
突然聞こえてきた悲鳴に、俺は驚いて本を閉じる。…この声は、間違いなくレオナルド。何が起きた…!?
「離せよ! 離せったら!」
「!?」
俺は思わず、目を疑った。
「にゃーははー! オイお前ら! 面白いオモチャ見つけたぜー!」
上機嫌で、ミケランジェロがリビングに戻ってくる。…その小脇に、レオナルドを抱えたままで。
その声を聞きつけて、ドナテロとラファエロもリビングに顔を出す。ミケランジェロはリビングの真ん中まできたところで、抱えていたレオナルドを無造作に床に放り出した。
「いだっ…。」
床に倒れこんだレオナルドは、目に涙を湛えていた。そして、俺の姿を認めた途端、その涙はまるで滝のように溢れ出す。
「…ダークレオナルドぉぉぉっ!!」
助けを求めるように、レオナルドは俺に向かって必死に駆け寄ってくる。腕を伸ばして小さな体を抱きとめると、レオナルドはさらに大粒の涙をこぼした。
「ごわがったよー…!」
「もう大丈夫だ。大丈夫だから…。」
大泣きするレオナルドを、頭を撫でて慰める。すると、それを興味深そうに眺めていたミケランジェロが、下卑た声を上げた。
「なー。コイツって、タートルズじゃねーの? 元の時代に帰ったって聞いたぜー? 何でこんなとこにいんの??」
…兄弟の言葉が、俺の体を自然に強張らせる。その話を、レオナルドに聞かせるのはまずい…!考えあぐねた末、俺はプレジデントの名を出す。
「…この子は、プレジデント・ビショップから預かった、大事な子なんだ。傷をつけるな。」
「…プレジデントぉ?」
ミケランジェロが、きょとんとした顔になる。その隙に、俺はレオナルドの様子を見た。涙は止まっているものの、彼は心底怯えきった表情で、俺の胸に顔を埋めていた。
「まぁ、何でもいーや。坊主ー、オイラと遊んでくれよ。」
ミケランジェロがニヤニヤ笑いながら顔を近づけると、レオナルドは小さく息を呑んだ。
「やだぁぁぁっ!!」
「止めろミケランジェロ! …さぁレオナルド、部屋に戻ろう。もう大丈夫だ。俺も一緒にいるからな…。」
呆気に取られる兄弟たちを残し、俺はレオナルドを抱きかかえたまま、塒の奥へと戻っていった。
「…済まなかったな、怖がらせてしまって。」
二人の部屋、入り口にはしっかりと鍵を掛けて、俺はベッドに座り込む。少し落ち着いた様子のレオナルドは、上目遣いで俺を見上げ、小さく口を開いた。
「…ダークレオナルド、あの人たち、誰なの…?」
「…あぁ、彼らは俺の兄弟だ。今までお前には会わせたことがなかったが、な。」
「兄弟…。」
俺と、限られた人物しか知らないレオナルドに、果たして「兄弟」の概念が理解出来るだろうか…。そんな俺の心配をよそに、レオナルドは何とか自分の中で納得のいく答えを出したようで、今度は違う質問をしてきた。
「あの人、…俺を、ドアの外に連れ出した人、俺を見て、『タートルズ』って言ってた…。ねぇ、『タートルズ』って、何なの…?」
…再び、体が強張った。ちゃんと、聞いていたのか…! 唇を噛み締める俺に、レオナルドからの質問が矢継ぎ早に飛ぶ。
「それにさっき、俺のこと、プレジデントから預かった、って言ってたよね…。俺、あの時が、プレジデントとは初対面だったはずだよ? 何で?
…あ、思い出した。確かプレジデントも、俺と初めて会ったとき、『彼にそっくりだ』って言ってた…! ねぇ、『彼』って誰なの? ダークレオナルドは知ってるはずだよね? あと、あの人が言ってた『タートルズ』も! 俺とどんな関係があるの? 答えてよダークレオナルド!!」
黙ったままの俺に業を煮やしてか、レオナルドの口調は荒くなる。だが…、答えられるはずもない。視線を逸らして俯く俺を、レオナルドは涙の溜まった目で睨みつけ…。
「…もういい。ダークレオナルドなんてキライだっ…!」
拗ねたように言い放ち、ベッドに潜り込んでしまう。頭から布団を被った姿に、俺は慌てて声を掛ける。
「レオナルド…!」
「その名前で呼ぶなぁっ!」
激昂し、思わず布団から顔を出すレオナルド。先ほどよりもさらに大粒の涙が、頬を濡らしていた。
「あんたはいつもそうだ! 俺のことを『レオナルド』って呼ぶたびに、あんたの目は俺じゃなくて、どこか遠くにいる誰かを見てる!!」
「…っ!」
見抜かれて、いた。俺がいつも遠くに見ていた、…オリジナルの、『レオナルド』の存在を。俺が言葉を失ったのを見て、『彼』は再び布団を引き被った。
「『レオナルド』って、一体誰なんだよーっ!?」
布団を被っていても、はっきりと聞こえる泣き声。俺は言うべき言葉を見つけられないまま、そっと部屋を後にした。
しかし、薄暗い廊下に一歩出たところで、俺の足は止まる。脱力感に襲われ、俺はドアのすぐ脇の壁を背にして、床に力なくへたり込んだ。
この部屋から、レオナルドを勝手に連れ出した兄弟にも腹が立ったが、それ以上に、レオナルドに何の言葉も掛けてやれなかった自分自身に、俺は一番腹が立っていた。
額に手を当てると、腹立たしさと情けなさから、自然と涙が溢れ出てくる。温かな液体が頬を伝って床を濡らすのも構わず、俺はその場所に留まり続けた。
…真実を話すべき時が、来ているのかもしれない。
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