Affirmation
きっと、彼が大人だからだ。
それも、俺たちよりも、先生よりも、もっとずっと永くの時間を生きてきた人だからだ。
どうやら俺は、「包容力」ってヤツにめっぽう弱いらしい。
大粒の雨が、俺の持つ傘を叩いて、地面に落ちていく。
今、俺が掲げている傘の中には、俺以外にもう一人、男性がいる。
彼の名は「モーツ」。TCRIビルの総括をしていて、…俺たちとも、関係の深い人だ。
何で彼が俺の傘の中にいるかというと…、買い物に出ていた俺が、街中のベーカリーの前を通りがかった時に、途方に暮れている彼の姿を見つけたからだ。
今日は午後から雨の予報が出ていたが、傘を持ってこなかったのだろう。彼はベーカリーの店舗の前に突き出た庇の下で、困った顔で空を見上げていた。
…見知った顔だし、あんな姿を見ては、放っておけない。だから俺は、自分の傘の中に彼を入れてやったのだった。
俺より背が高い彼が濡れないように、腕を高く掲げて傘をさす。すると、それを見ていた彼が、俺の手ごと傘の持ち手を掴んできた。
「これは気づかなかった、済まない。私が持った方が、君は楽なんだな。」
そう言って、彼は俺の手から傘を取り、俺が濡れないように気をつけながら傘を差しかけてくれる。意外な行動に、俺は感嘆の視線を送った。
「…いいのかよ。あんた、濡れたら困るんじゃねぇの?」
「問題ないさ。私たちの作った人型の表皮は、高性能だからね。」
確かにそうだ。今、俺たちとすれ違っていく無数の人間たちの中で、実はこの人がヒト型のスーツを纏ったユートロムだなんて、誰が気づくだろう。
「それに…。」
言いかけて、彼はごく自然な動作で、車道側へと身を移す。俺を歩道の隅に寄せると同時に、それまで俺たちのいた場所を、豪快な水しぶきが撫でていく。通り過ぎていったトラックが跳ね上げたものだ。
「…この体なら、こうやって君を守ることも出来るからね。」
信じられない。この人は、こちらに走ってきたトラックが水溜りに突っ込んで、盛大に飛沫を上げることすら、予想してたってのか…!?
「…何かな?」
自分でも気づかないうちに、俺は彼の顔を見上げていたようだ。優しく微笑まれて、わけもなくどぎまぎしてしまう。
「い、いや、何でもねぇ…。」
…見とれていた、なんて言えない。慌てて視線をそらすと、不意に彼は横合いの路地に視線をやる。
「あぁラファエロ。すまないが、そこの路地に入らせてもらえないか?」
「…いいけど…。」
言われるままに、俺は彼と一緒に路地に入っていく。近道なのかと思ったが、
「…何だよ、行き止まりじゃねぇか…!?」
文句を言いかけた口が、不意に抱きしめられたことで止まる。彼の胸の辺りに顔を埋もれさせながら、俺は文字通り硬直していた。
「この体なら、君を抱きしめることも出来る…!」
言葉が出てこなかった。彼の突然の行動と、抱きしめてくる腕の強さに。
体の感覚が、麻痺してしまったようだった。聞こえてくるのは、相変わらず降り続けている雨音だけ。それを遮るように、低く優しい彼の声が、耳元に送り込まれてきた。
「…ラファエロ、君を可愛いと言ったら、怒るかな…?」
後頭部に添えられた手が、不思議な暖かさを伝えてくる。血が通っているはずもないのに、温もりのある手のひら。何度か瞬きをした後に、俺は答えを返した。
「…怒らねぇよ、あんたなら…。」
「…それは良かった。」
後頭部にあった手が、俺の頬まで移動する。それを合図に、俺は顔を上げて、彼としっかり目線を合わせた。彼の目に小さく頷き、目を閉じる。
まるで、そうすることが至極当然であるかのように、俺たちは唇を重ねていた。
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