不器用な温もり
やっぱり、あいつには、敵わない。
「…ラファエロ、何を作ってるんだ?」
作業中の俺に、レオナルドが声を掛けてきた。
「…作ってるんじゃなくて、直してんだよ。」
その言葉に、レオナルドは俺と、俺の横にある布の山を交互に見比べて、驚いた顔になった。
「それ、修行のときに使う、人形だろう? こんなにたくさんあるのに、全部直すのか?」
「…だって、直せばまだ使えるじゃねぇか。」
「…そうだな。」
話している最中も、俺は作業の手を止めない。人形の中に丁寧に綿を詰め、縫い合わせる。
先生に言われたから、ってのもあるが、俺はこうやって、器用さが求められる作業が好きだった。
そんな俺を、レオナルドは他にする事もないのか、じっと見ていた。
「…レオナルド、暇だったら、そこにある出来上がったやつ、元の場所に持ってってくれよ。」
「分かった。」
レオナルドは頷いて、俺が直した人形を持って歩いていく。その後ろ姿を見届けながら、俺は短くなった糸を外し、新しい糸に取り替えた。
人形を直し終えた俺は、最後にサンドバッグの修理に取り掛かる。
レオナルドに支えてもらいながら、俺は当て布とバッグの生地を、しっかりと縫い合わせていく。こうしないと、砂を入れられない。
「……。」
さっきから、レオナルドは俺の手元をじっと見つめている。あまりこいつに見られたくないんだけど…、イヤだ、とも言えねぇし…。
そんな事を思っているうちに、縫う作業が終わる。玉結びをして糸を切ると、レオナルドは感心したように息を吐いた。
「すごいな、ラファエロ…。」
「…誉めたって、何も出ねぇぞ。」
ため息をついて、俺はバッグに砂を詰めていく。ぎりぎりまで入れておいて、バッグの口を紐で縛り、それを天井から吊るしたフックにかける。部屋の隅のレバーを下に引くと、サンドバッグはするすると天井に向かって吊り上げられていった。
「…よし、終わった。」
仕事を終えて、俺は一息つく。と、それを待っていたかのように、レオナルドが話しかけてきた。
「そういえば、こういった布製の物を直すのは、いつもラファエロだよな。機械は全部ドナテロだし…。何でだ?」
「…さぁな。先生は、『ジョーソーキョーイクの一環』とか言ってたけどな。…漢字分かんねぇけど。」
「情操教育、だ。」
「……ふーん。」
笑いながら言うレオナルドだけど、俺は何か面白くない。
「…それに、ちゃんと直ってれば、修行をさぼってない、って証拠にもなるぜ。」
「修行、か。なら…。」
レオナルドはそこで言葉を止めて、おもむろに背中の刀を抜く。
「ちょうど、修行の相手を探してたんだ。相手をしてくれ。」
「…あぁ。」
俺たちは、自分たちの武器を与えられたばかり。ドナテロは棒、ミケランジェロはヌンチャク、レオナルドは二振りの刀、そして俺はサイ。早く使いこなせるようになりたいのは、二人とも同じだった。
俺は腰紐からサイを抜き、両手に構える。
「…相手してやるよ、レオナルド。」
「…それはこっちのセリフだ、ラファエロ。」
視線をぶつけ合いながら、俺たちは修練場へと移動した。
腹が立つ。
いくら打ち込んでも、俺の攻撃がレオナルドに届かない。
「くそっ…!」
何度やっても変わらない。徐々にイラついてくる俺に対し、レオナルドはまだ余裕の表情だ。それにも腹が立つ。加えて、
「脇が甘いぞ、ラファエロ。」
「動きが大きすぎるな。」
「闇雲に突っ込んでくるだけじゃダメだ。」
俺がサイを振るうたびに、いちいちレオナルドから「指摘」が飛んでくる。その言葉の一つ一つが、俺の頭の中を焦げ付かせていく。何でだ。何でだ…!
渾身の力で放ったサイを、いとも簡単に受け止められる。そしてまた、「指摘」が降ってくる。
「…ほら、力に任せているだけじゃ、簡単に受け流されるぞ。」
その瞬間、俺の中で何かが切れた。
「…うるせぇっ!」
一声吼えて、俺はレオナルドの腹に蹴りを叩き込む。怒りに任せて思い切り放った蹴りは、レオナルドの体を道場の壁へと叩きつける。思わず奴が手放した刀を拾い上げ、俺はその後を追った。
「ふっ!」
武器を預かった時、その威力、持つ力の恐ろしさは、よく教わっていたはずだ。それなのに。
「うっ…!?」
薄く開いたレオナルドの目に灯ったのは、恐怖の色。
「ラフっ…!」
「……!?」
怒りに我を忘れていた、とでも言うべきか。気がつけば、俺は刀の切っ先を、レオナルドの喉元に突きつけていた。
(あ…!)
ふっと我に返り、自分のしてしまったことの大きさに震える。隙間は、僅か数センチ。あそこで手を止めていなかったら、レオナルドは…!
顔を冷や汗が伝う。口の中の唾液を飲み込んで、そこで俺は初めて、自分が呼吸を止めていたことに気づく。
ゆっくりと刀を下げる。それを見て、ようやくレオナルドもほっと息をつく。
「……わ、悪ぃ…。」
掠れた声で言うと、俺は刀を足元に置き、その場から逃げ出した。
自分の部屋に戻った俺は、行き場のない苛立ちを、枕にぶつけた。
「俺…、何で、あんなこと…!」
いくら怒りに我を忘れていたとはいえ、明らかにやりすぎだ。固く握り締めた手のひらが、まだ震えている。
レオナルドに言われるのも当たり前だ。俺はすぐに頭に血が昇って、冷静な判断が出来なくなる。こうやって考えてみれば分かることだ。でも、
(くっそ…!)
悔しさに、視界が滲む。何でだ。何で…!?
「うっ…。」
頬を流れ落ちる涙をごしごしと擦って、俺は両手で抱えた膝に、自分の頭を埋めた。
…やっぱり、あいつには、敵わないのか…?
(…やっぱり、ラファエロに頼もう…。)
いくつめかの刺し傷を舐め、俺はそう思った。
ラファエロが部屋に引っ込んでから、俺は自分の肘当てが壊れていることに気づいた。それで、裁縫道具を取り出して、直そうとしたのはいいのだが…。
「…痛っ。」
さっきのラファエロみたいに、上手くいかない。刺し傷が出来るたびに、俺はそこを絆創膏で覆っていた。これじゃあ、俺の手が絆創膏だらけになってしまう。
「ラファエロなら、きっと直せるだろ…。」
俺は少し痛む手を振りながら、ラファエロの部屋へと歩いていった。…さっき、ケンカみたいになってしまったし、仲直りするきっかけにもなるかもしれない。
「なあ、ラファエロ…。」
部屋の入り口から、ひょいっと顔をのぞかせる。ラファエロは…、部屋の隅で膝を抱えて、俯いていた。
「…ラファエロ?」
「っ!?」
俺が声を掛けると、ラファエロは驚いたように顔を上げる。その目が潤んでいたのを、俺は見逃さなかった。
「…泣いてた、のか…?」
「うっ、うるせぇな、何でもねぇよ…。」
慌てて頬を拭い、ラファエロは俺に向き直る。
「…で、何の用だよ。」
「あぁ…。肘当てを、直してもらいたくてな。」
俺はそう言って、壊れた肘当てを差し出す。それを受け取ったラファエロは、絆創膏だらけの俺の指を見て、怪訝な顔つきになった。
「…どうしたんだ、それ。」
「あぁ…。最初は、自分で直そうと思ったんだ。だけど、こういうのに慣れてなくて、つい…。」
俺の言葉に、ラファエロの口から苦笑が漏れる。
「しょうがねぇな。待ってろ。」
棚から自分の裁縫道具を取り出して、ラファエロは床に座り込む。俺もその隣に座って、彼の手つきをじっと見ていた。
ラファエロの裁縫道具は、さっき俺が使ったような一般的な物じゃなく、もっとたくさんの道具がある。中には、見たことがないようなものもあった。その中からラファエロは、一際先端が尖った、少し長めの針を取り出す。
「何だ? その針…。」
「これな、厚い革でも通りやすくなるように、先端を削って尖らせてあるんだ。普通の縫い針じゃ、革までは縫えねぇからな。」
「なるほど…。」
その後も、俺はラファエロの裁縫道具について、いくつか質問をぶつけた。ラファエロも話すのが好きなのか、嫌な顔もせずに俺の質問に答えてくれた。
「…ほら、出来たぞ。」
話しているうちに、ラファエロは肘当てを直し終えてしまった。ぽんと放り投げられたそれを受け取り、元通り腕につけてみる。一度壊れたとは思えないほど、丁寧に修理してあった。
「ありがとう。すごいな、ラファエロ…。」
「…誉めても、何も出ねぇって言ったろ。」
照れたのか、ラファエロは頬杖をつき、俺から顔を背けてしまう。明らかに顔が赤くなっている。いつもの事ながら、素直じゃないな…。
「…じゃあ、俺は戻るな。」
そう言って立ち上がり、部屋から出ようとしたところで、ラファエロが俺を呼び止めた。
「…待てよ。」
「えっ?」
呼ばれて振り向いた俺に、ラファエロが何かの入った紙袋を差し出す。相変わらず視線はそむけたままで。
「…何だ?」
「開けりゃわかる。」
ぶっきらぼうに言われ、俺は首を傾げながら紙袋を開けてみる。そこには、俺のバンダナと同じ色の毛糸のマフラーが入っていた。
「…これ、お前が編んだのか?」
「そうだよ。でも勘違いすんなよな! レオナルドのだけじゃなくて、全員分、ちゃんとあるんだからな!」
ますます照れて、ラファエロは腕組みをし、出来るだけ顔を見られないようにしている。
俺はさっそく、マフラーを首に巻いてみた。柔らかい毛糸で編まれたそれは、とても暖かかった。
「…ありがとう、ラファエロ。嬉しい…。」
「礼なんかいらねぇよ。夕飯になったら呼んでくれ。」
「…分かった。」
何とか、仲直りも出来たかな。俺はそう感じて、ラファエロの部屋を後にした。
丁寧に直された肘当てと、マフラーの細かい編み目を見て、思った。
…やっぱり、あいつには、敵わない。
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