調子が悪いといっていたラジオを、僕は丁寧に分解する。
久々のケイシーのおばあさんの農場で、僕たちはゆっくりと休養していた。
エイプリルとケイシーは買い出し、先生は瞑想中、そんでマイキーは…
「ん〜…、ぐぅ…。」
…ソファーでお昼寝中。さっきからやたら寝言がうるさいけど、先生のじゃまになっていないのかなぁ…。
切れていたコードを繋ぎ、部品を元に戻す。そこでまたマイキーが寝言を言い出した。
どんな夢をみてるのかな…。ちょっと聞いてみよう。
「うーん…、オイラ、腹ペコ〜…。」
…夢の中でもお腹減らしてる。
「…ふふ〜ん…♪」
…何か歌ってる。
「…ドナちゃ〜ん…。」
…僕まで夢に出てるのか? もう、いったいどんな夢を見てるんだ?さっぱりわからない。
マイキーをとりあえずほっといておいて、僕は再び手の中のラジオに視線を落とす。すると、
にわかに雨音が屋根を叩いてきた。
(ありゃ、雨かぁ…。外にいるレオたち、大丈夫かなぁ…。)
ま、僕たちはもともとカメなんだし、すこしくらいの雨は問題じゃない。
「くわ〜〜〜〜…。」
今の僕にとっては、マイキーのいびきのほうが問題だ。
…起こしたら、もっとうるさいんだけどね。
雨音は少しだけ強くなり、僕がラジオの修理を終わらせる、ちょっと前に止んだ。
「ふわ〜あ…。」
あ、マイキーが起きた。
「…あれー、ドナちゃん、お昼は〜?」
マイキーのこの台詞に、僕は思わずがっくりしてしまう。
「…あのねマイキー。今はお昼をとっくに過ぎて、もう夕方なんだよ?」
「あ、そっか! じゃあ夕飯だ! オイラ腹ペコ〜!」
もう一回、がっくり。
「はぁ…。それに、買い出しに行ったエイプリルとケイシーがまだ帰ってこないから、夕飯もまだまだ。」
「え〜…。」
ぼやきながら、マイキーがソファーから窓際に歩いていく。僕はラジオをテーブルに置き、今度はドライヤーを手に取った。すると、
「あーっ!!」
急にマイキーが大きな声を上げたから、僕はドライヤーを落っことしそうになった。
「うわっ! …ちょっとマイキー、いきなし大きな声出さないでよー。」
「ドナちゃん! ちょっと、アレ見てよアレ!」
マイキーが、窓の外を指差しながら騒いでいる。ドライヤーを置いてマイキーの隣に行くと、すぐに騒ぎの正体がわかった。
「見えるでしょ!? 空になんか、薄いキレイなのがあるよ! 何なのアレ!」
「あぁ、あれは虹さ。太陽の光が空気中の水滴に反射すると、光が分解される。それで、いくつかの色に分かれて見える、って寸法さ。」
「へ〜、ドナちゃんってやっぱ物知りだねー。」
「当然だろ? だって僕天才だもーん。」
言い終えてふと気づくと、いつの間にかマイキーがいなくなっていた。
「あれ、マイキー? どこ行っちゃったんだ…?」
僕が辺りを見回していると、今度は外からマイキーの声が聞こえてきた。
「ドナちゃん! 外に出ると、もーっとよく見えるよ!」
…やれやれ、せっかくの「天才」のくだりを聞いてないとはね。
ともあれ僕も外に出てみる。マイキーの言ったとおり、雨上がりの空に虹がすごくキレイに出ていた。
「……。」
僕たちはしばらく、無言で空を見てた。右手に何か触れてきたからそっちを見ると、マイキーが僕と手を繋いで、照れくさそうに笑っていた。
「どしたの? マイキー。」
「いや〜、その、…えへへー♪」
その笑顔につられてしまった僕は、つい、悪ノリをしてしまった。
「どうせだったら、こっちの方がいいなぁ。」
繋がれた右手を引っ張る。
「うわぁお!」
前につんのめったマイキーの体を胸で受け止め、そのままキスする。
触れるだけのキスだったけど、マイキーは真っ赤になった顔を僕の胸に埋めてきた。
「ドナちゃん…。」
「あっはは、マイキー、顔真っ赤。」
「あーもー、何かくやしい!」
そう言って、マイキーが僕の胸をぺしぺし叩く。こんな時、僕は無性に、この腕の中の存在が愛おしくて仕方なくなる。
「ねえドナちゃん、もう一回、…して?」
「…うん。」
マイキーの求めに応じ、僕はさっきのよりも少し深くて、長いキスをした。

改めて思ったんだ。離したくない、って。


Together&Forever

「はぁっ!」
気合い声と共に、刀を振るう。
目の前に敵がいると想定し、縦に、横に、下からすくい上げるように、二振りの刀は次々と空間を切り裂いていく。
背中の鞘に剣をしまうと、今度は大きく後ろに飛び、勢いそのままに木の枝に飛び乗る。
木から降りると、今度は落ちてきた何枚かの木の葉を、正確にに切り裂いていく。
その近くで、ラファエロが木の枝に吊したサンドバッグにパンチを繰り出している。
「ふっ!」
何度も何度も拳を叩きつけ、戻ってきたところに思い切り蹴りを入れる。
ゆらゆらと大きく揺れるサンドバッグに、ラファエロは後ろに下がって距離を取る。そして、
「おりゃっ!」
走ってきた勢いに乗せ、ラファエロはサンドバッグに凄まじいまでの蹴りを叩き込んだ。
その重みに耐えきれず、サンドバッグを吊していたロープがちぎれ、転がっていってしまった。
「…あーあ。」
覇気を削がれたような面持ちで、ラファエロがサンドバッグを取りに行く。今度は木の幹に立てかけ、再び拳を叩き込み始める。
一方俺は、両手の刀を体の横に下げ、目を閉じ、呼吸を整える。
そのまま精神を集中させていると、左前方に気配を感じた。
「たぁっ!」
その気配の元を、刀で断ち切る。
地面に落ちた音、二つ。
目を開けると、ラファエロが放り投げたであろう石が、真っ二つになって俺の足下に転がっていた。
「さすがだな、レオナルド。」
称賛の言葉を投げてくるラファエロに、俺も負けじと言い返す。
「お前こそ、さっきの蹴りは見事だったぞ。サンドバッグが飛んでいくくらいにな。」
「…何だよ、見てたのか。」
そこで言葉を切ると、ラファエロは大きく伸びをし、
「しかし、外で思いっきり体を動かして修行できるってのは、気持ちいいもんだぜ。」
「…そうだな。ここなら、誰にも見られる心配はない。」
今俺たちがいるのは、ケイシーのおばあさんの農場の裏手に広がる、森の中の一角だった。たまにはこうして、外で修行をするのも悪くない。
「じゃ、続けんぞ。」
「ああ。」
ラファエロが腰のサイを抜いて体の前で構え、すっと体勢を低くした。
…なるほど。それに応じて俺も刀を抜き、顔の前で交差させる。
「いくぜ、レオ!」
「来い!」
俺たちは一気に距離を詰め、互いの武器を打ちつけあう。力任せに押してくるラファエロの体を滑らせるように受け流し、刀を横に振るう。
「はっ!」
その刀を跳躍して躱し、ラファエロは後方に着地した。かと思うと、すぐにこちらとの距離を詰めてくる。
「そう簡単に、いくかよっ!」
振り降ろされてきたサイを刀の鍔で受け止め、押し返す。
「俺だって、そんなこと、思ってないさ!」
刀を打ち込むが、サイで押さえられる。獲物を合わせること数回。ラファエロが時々心底楽しそうな表情を見せるのは、
やはり思いきり体を動かすのが嬉しいからだろうか。
「ふんっ!」
そんなことを考えているから、ラファエロの蹴りを食らってしまう。とっさに後ろに飛ぶことで勢いを殺し、俺たちは再び距離をとって対峙した。
「……。」
互いに息を整えながらも、その場から一歩も動かない。次に動いたときが、打ち込んでくるときだ。
そう感じとる俺の中に、ある種の高揚感が生まれていた。きっと俺も、ラファエロと同じように、この瞬間が楽しくて仕方ないんだろう。
でも、それも長くは続かない。向かい合う俺たちを、大粒の雨が叩いてきたからだ。
「…お?」
ラファエロも気づいたようで、視線を空に移す。少しくらいなら濡れても問題はない。が、やはり雨は集中力を奪う。
「ラファエロ。休憩しよう!」
俺は刀を納めると、手近な木の下へ走り込んだ。少し遅れてラファエロもやってくる。
大きくせり出した木の枝は、雨を完全に防いでくれている。滴り落ちる水滴を手で払いのけ、俺は大きく息を吐いた。
「急に降ってきたな…。」
「なーに、通り雨だ。すぐ止む。」
ラファエロはそう言うが、雨の勢いは増していくばかりだ。二人して木の幹を背にして座り込むと、
そのまま話すこともなく、黙り込んでしまった。
聞こえてくるのは、雨音だけ。本当に静かだ。
俺はそっと、隣に腰掛けたラファエロの顔を盗み見る。木の幹に背中を預け、右の膝を立てて、その上に腕を置いている。
遠くを見つめている彼は、とても精悍な顔つきをしている。肩のあたりに流れる、濡れて赤みを増したハチマキも、
…何故かいつもより、カッコ良く見えてしまう。
…胸が高鳴る。ここには本当に、俺たちしかいない。二人きりだということを急に意識して、顔が赤くなる。
「ぁ…。」
「…どうした? レオナルド。」
そんな俺の様子に気づいたのか、ラファエロが怪訝な視線を向けてくる。
「あ、いや、その…。」
…まずい。何とかその場を取り繕わないと!
「…ら、ラファエロ。お前のその、サイ…だけど、ちょっと見せてもらってもいいか?」
「んぁ? 別にいいけどよ。」
ラファエロが腰のサイを抜き、俺に渡してくれる。柄の部分に赤い布が巻かれた、ラファエロの象徴。
鋭い三つの切っ先は、どんな攻撃でも跳ね返してしまうだろう。
「…ラファエロはよく、これを指で回してるけど、どうやるんだ?」
試しに回してみるが、どこに指を置いたらいいのかわからない。悪戦苦闘していると、ラファエロが苦笑を漏らした。
「そうじゃねえよ。こうするんだ。」
ラファエロはもう一本のサイを抜き、器用に片手でくるくると回して見せた。同じようにやってみようと思うが、なかなか上手くいかない。
「…俺も、ちょっと借りるぜ。」
俺がサイに気を取られているうちに、ラファエロは俺の背中から刀を抜き取った。
「あっ…。」
手の中の刀をしげしげと観察するラファエロ。軽く振ってみたり、刀身に自分の顔を映してみたりしている。
「…あの時、作ったヤツか?」
「…ああ。」
嫌でも思い出す。シュレッダーに武器を奪われ、さんざんに痛めつけられ、満身創痍になった自分。
心身ともに深い傷を負った自分が立ち直ることが出来たのも、ここにいるラファエロを含めた、みんなのおかげだ。
「ちょうど、ここだったな。」
「…そうだな。」
そう、あの時もここに来て傷を癒した。失ってしまった刀を作り直すとき、ラファエロはずっとそばにいてくれた。それがどれだけ励みになったか…。
「あの時から、その刀が、もっと大事になった。」
「…そうか。」
それだけ言って、ラファエロは俺に刀を返してくる。何ともそっけない返事だけど、その中に微妙に照れたような雰囲気があるのを、俺は確かに感じ取った。
「この刀を構えるたびに、俺は一人じゃないんだ、って、実感するんだ。何だか、…ラファエロの思いも、この刀に込められているような気がしてさ。」
手の中の刀に笑いかけてから、背中の鞘にしまう。するとラファエロが、持っていたもう一本のサイを、俺に渡してきた。
「レオナルド、これも持てよ。」
「え? ああ…。」
俺の両手にサイを持たせ、ラファエロは、
「思いっきり握れ。」
「何で…?」
「いいから。」
ラファエロの真意がわからず、俺はただサイを握りしめる。
「こうか?」
「もっとだ。力入れろ!」
言われるがままに、俺はサイを握る手に力を込める。
「…うし、そんなもんでいいだろ。」
そう呟いて、ラファエロは俺からサイを受け取り、またくるくると回して、腰のベルトに差した。
「これで、俺のサイにも、お前の思いがこもった、ってことになるな。」
「えっ…?」
戸惑う俺に構わず、ラファエロは視線を遠くに移す。一呼吸おいた後、彼は口を開いた。
「レオナルド、お前は、何のために戦ってる?」
「えっ…?」
驚いた。そんなこと急に聞かれても答えられない。
「俺は、レオナルド、お前を守るために戦ってる。」
「俺を…?」
「あぁ。ま、お前だけじゃねえ。ドナテロの奴やミケランジェロ、スプリンター先生もそうだな。」
そこで言葉を切り、ラファエロは視線を下に落とす。右の手のひらを、何度も握ったり開いたりしている。
「こんな、短気な俺だけどよ、家族を…、いや、大切なものを守りてぇ、って思いは、誰にも負けてないつもりだぜ。」
それまで前を見ていたラファエロが、急に俺の顔を見た。真剣だけど穏やかな眼差しに、俺は心臓が飛び出すかと思った。
「レオナルド、お前はどうだ?」
どうだ、と聞かれたけど、答えはもう決まっている。
「…俺も同じだ。ラファエロを、みんなを守りたい…。そのために戦うんだ。」
「だろ?」
その答えに満足したのか、ラファエロが大きく頷く。
「レオナルドの刀には、俺の思いが込められてる。俺のサイにも、レオナルドの思いが込められてる。こいつぁいい。どんな奴が相手だろうが、負ける気がしねぇ。」
握った右の拳を、左の手のひらに打ちつける。ぱん、と乾いた音が響いた。
「どんな時でも、一緒にいるようなもんだからな。俺たちは、お互いがお互いを守るためにいるんだ。…最高じゃねぇか?」
にっと笑って親指立てて、ウィンク一つ。眩しすぎるその笑顔に、俺の胸の高鳴りは最高潮になった。
「ラファエロ…!」
胸のうちに広がる温かいものは、心で思うよりも先に、体を動かす。
気がつくと、俺はラファエロに抱きつき、唇を奪っていた。
「んっ…!」
俺の顔と、木の幹に挟まれ、ラファエロがくぐもった声を上げる。
唇を離すと、呆然とした顔のラファエロが見えて、俺は嬉しくなった。
「修行が足りないぞ、ラファエロ!」
「なっ…!」
サプライズは成功だ。ラファエロの顔がみるみる赤くなっていく。
「…よくもやりやがったな!」
今度は、俺が地面に押し倒され、口を塞がれる。即座に入ってきた舌を受け入れ、絡ませる。
深く貪るようなキスは、何よりも熱く、…甘かった。
「はぁ…。」
耳元で息を吐かれ、俺はぞくりと体を震わせる。今にも唇が触れてしまいそうな至近距離で、ラファエロが口を開いた。
「レオナルド…。」
「…何も言うな。照れる…。」
「いーや、言わせろ。レオナルド、お前は俺にとって、例え命をかけてでも守るって決めた、大切な存在だ。…忘れんなよ?」
「うっ…。」
やっぱり照れた。さっきのお返しか?
雨はいつの間にか上がっており、雲の隙間から光が差し込んでいた。
「あっ!」
ラファエロの肩越しに見上げた空に、俺は虹が架かっているのを見つけた。
「ラファエロ、見てみろよ! 虹だ!」
「お?」
俺の言葉に、ラファエロは俺の上から退き、空を見上げる。色鮮やかな偶然に、俺たちは少しの間見とれていた。
「キレイだな…。」
「あぁ。下水道にいたんじゃ、こんなの見られないもんな。」
笑いあう俺たちだったが、不意に聞こえてきたエンジン音に、はっと我に返った。
「やっべ、ケイシーの奴が帰ってきやがった。外に出てるってバレると、またいろいろうるせぇぞ!」
「そうだな。よし、帰ろう!」
俺たちは揃って駆け出した。新たな決意を胸に秘め、大切な人たちが待つ場所へと。


ただ、叫びたくて

夜明け前の海岸。空は黒からだんだん青に変わってきている。
僕とレオは、二人揃って、前の方にいるラファエロとマイキーを見ていた。あっちも、二人並んでいるけど、一体何をするつもりなんだ?
そうしている内に、ラファエロの方に動きがあった。何度も大きく深呼吸をし、体の中に空気をため込む。
そして、一際大きく息を吸い込むと、ラファエロはあらん限りの大声で叫んだ。
「レオナルドーっ!!」
「いっ…!?」
まさか自分の名前を呼ばれるとは思わず、レオはびっくりして顔を赤くする。すると、マイキーも、大きく息を吸い込んで叫んだ。
「ドーナちゃーん!!」
「えぇ…!?」
名前を呼ばれて、僕もびっくり。その間にもラファエロとマイキーは、僕たちの名前を交互に呼び続けている。
「うっわぁ…、二人とも、コレがやりたかったの!?」
「恥ずかしい…。」
レオが額に手を当てて、顔を赤くしている。僕だって恥ずかしい。でも、止めさせるのも何だかなぁ…。
「レオナルドーっ!!」「ドナちゃーん!!」
…まだ叫んでる。
「なぁドナテロ、あの二人…、どうする?」
レオが困ったような顔で言ってくるけど、僕にだってどうしようもない。
「んー…、ほっとけばいいんじゃない? あんまり…関わりたくないし。」
「…そうだな。」
僕たちは呆れて、いまだに海に向かって叫び続けてる二人を見ている。そのうちに、
「…あ、バカが三人に増えた。」
朝のトレーニングをしていたらしいケイシーが、マイキーの隣に立って、同じように叫び始めた。
「レオナルドーっ!!」「ドナちゃーん!!」「エイプリルー!!」
「…うっわぁ、恥ずかしさ倍増。」
僕は呻いた。こうなるともう手が付けられない。
「全く、何をやってるのかしらね、あの三人は。」
後ろからかかった声に振りむくと、エイプリルが苦笑を浮かべてこっちに歩いてきた。
「そもそも、何で叫んでるんだろうな。」
「さぁ? そういう年頃なんじゃない?」
「ケイシーもか?」
「いやぁ…、ケイシーは…、何も考えてない、っていうか…。」
「まぁ、とにかく…。」
僕たちのやりとりを纏めるように、エイプリルが口を開く。
「恥ずかしいけど、あんまり悪い気はしないわね。だって、それだけ思ってくれてる、ってことだもの。」
照れながら言うエイプリルに、僕たちも頷いてみせた。それに関しては、僕もレオも、同意見だ。



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