「うー、寒ぃ…。」
そんな事を呟きながら、ラファエロが我が家に帰ってきた。ソファーでテレビを見ていたレオナルドが、その気配に振り向く。
「お帰り、ラファエロ。」
「あぁ…。レオナルド、何かあったけぇ飲み物くれ。」
「分かった。」
変装用の服を脱ぎ、ラファエロはソファーに腰掛ける。程なくして、レオナルドは二つのカップに飲み物を満たして戻ってきた。
「これでいいか?」
「あぁ…。って、何だコレ?」
ラファエロはてっきり、ココアかコーヒーを渡されるものだと思っていた。ところが、カップを満たしているのは、薄い茶色の飲み物。
「それか? ロイヤルミルクティー、と言うらしい。エイプリルが持ってきてくれたんだ。」
「…ふぅん。」
気のない返事を返し、ラファエロはカップを口に運ぶ。広がる甘い味に、彼は納得したように頷いた。
「…美味いな。」
「だろう?」
レオナルドも同じように、カップを傾ける。と、そこでラファエロが何かを思い出したように、カップをテーブルに置いた。
「そうだ、これだったら、丁度いいんじゃねぇか?」
ラファエロはそう言い、外で買ってきたものの包みをレオナルドに手渡す。
「…何だ?」
それを受け取ったレオナルドは、封を剥がし、外箱を開けたところで、小さく声を上げた。
「あ…。」
「…アップルパイだよ。好物だろ?」
ラファエロは恥ずかしいのか、顔を背けてしまう。レオナルドは、ラファエロがわざわざ自分の好物を買ってきてくれたことが嬉しくて、顔を綻ばせた。
「……ありがとう。」
「…おう。」
ソファーの上、少し空いていた二人の隙間を埋めるように、レオナルドはラファエロのすぐ隣に身を寄せた。
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「レオナルド。」
瞑想をしていた彼は、僕が呼ぶと、すぐにふっと目を開けた。
「コーヒー入れたんだけど、飲まない?」
「…ああ、ありがとう、ドナテロ。」
そう答えて、レオナルドは瞑想を切り上げ、ソファーに腰掛ける。僕も、その隣に座った。
「…ふう。」
暖かなコーヒーを喉に流し込んで、レオナルドはほっとしたような表情になる。それを見計らって、僕は口を開いた。
「…ねぇ、レオナルド。」
「…ん? 何だ?」
僕が、君のことを好きだって言ったら、どうする?
「えっ…。」
驚いてこっちを向くレオナルド。僕はあえて視線を合わさずに、コーヒーを口に含んだ。
「…そりゃあ、嬉しいよ。ドナテロは、俺の大事な家族だしな。」
「だよね。」
そう返ってくると思ってたよ。
(本当は、それ以上に思ってるんだよ、レオナルド。)
そのセリフは、口には出さずに、僕の胸の中だけに留めておいた。
この、変なところで鈍感な彼に想いを伝えるには、まだ時間がかかりそうだったから。
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(まずい、遅れた…、急がないと!)
俺は今、かつてないほど急いでいた。雑踏を掻き分け、彼との待ち合わせの場所へと走る。まだ待っていてくれるだろうか…。
(…いた!)
背の高い彼は、この人並みの中でも、その存在が一目で分かる。辺りを見回していた彼は、走ってくる俺に気づいて、小さく口を開いた。
「済まない! 待ったか…?」
「いや…。」
必死で呼吸を整える俺に、彼― ダークレオナルドは、俺を落ち着かせるように肩に手を置く。
「…そんなに、急いで来てくれたのか?」
「はぁっ…、だって、待たせたら、失礼だろう?」
まだ息が整わない。と、彼は無言で腕を伸ばしてきて、俺をそっと抱きしめた。
「…お前に会えた。それだけで十分なんだ。」
「あ……。」
俺を包む、大きくて優しい温もり。安心すると、ようやく息が整った。
「…ありがとう。そろそろ行こう。」
「ああ。」
二人、並んで歩き出す。彼の首に巻かれた濃紺のマフラーは暖かそうだが、やはり冬の風は冷たく、俺たちは身を縮こませる。
「寒いな…。」
彼の呟きに頷いた俺は、何か温まれる方法はないかと周囲を見渡す。すると、少し離れたところに、俺はコンビニエンスストアを見つけた。
「ちょっと待っててくれ。」
彼にそう言い残し、俺は店内へと駆け込む。温かい飲み物のコーナーから、俺はコーンポタージュを二本選び、会計を済ませた。
「お待たせ。」
ポタージュの缶を手渡すと、彼はそれを両手で包み込む。伝わる温かさに、顔が綻んだ。
「遅れてしまったお詫びだ。良かったら飲んでくれ。」
「…ああ。」
小さく返事をして、彼はポタージュの缶を開け、一口で飲んでしまう。俺には丁度いい量だが、彼には少なすぎたようだった。
「どうだ?」
「…確かに美味いし、温まる。だが…。」
缶をきちんとゴミ箱に捨て、彼は俺の肩を抱いて、自分のほうに引き寄せた。
「あっ…。」
「…お前が、側にいてくれたほうが、より温かい。」
微かに赤く染まった顔で言われて、俺も顔が熱くなってしまった。
「…なら、側にいることにしよう。」
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茶碗に注ぐのは、香り高い一煎目。
若草色のお茶をお盆に乗せ、私は静かに道場への渡り廊下を歩いていた。
道場の中をのぞくと、いつも通りレオナルドが朝の瞑想をしている。
私の気配に気づき、彼が目を開けるまで、私は外で待っていた。
「…カライ。」
掛けられた優しい声に、私は道場へと入る。灯された二つの燭台は、穏やかな彼の笑顔を照らし出していた。
「…お疲れさま。茶を持ってきたぞ。」
「あぁ、ありがとう。」
彼の隣に座り、そっと茶碗を彼の前に差し出す。
「今日は、玄米茶にしてみた。」
「…うん。」
彼は茶碗を持ち、少し息を吹きかけて冷ましてから、口に運んだ。
「美味い。」
「良かった…。」
ほっとして、私も茶碗を持つ。と、レオナルドがこんなことを言い出した。
「…同じお茶でも、カライが入れてくれたお茶の方が、自分で入れたものより、美味しく感じるな。」
誉められているのだが、彼の優しい言葉に弱い私は、ぽっと顔を赤らめてしまう。
「…だから、そういう言葉をさらりと吐くな。照れるだろう…。」
「…そうか、済まない。」
謝っているにも関わらず、彼は笑顔を絶やさない。私は、顔がどうしようもなく熱いのを、お茶のせいにすることにした。
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二人きりで、向かい合っている。
俺の目の前には、正座をしたまま、静かに目を閉じるシュレッダー様。いつもの和風の服、袴、と言っただろうか。それに身を包み、素顔をさらけ出している。
俺は彼の向かい側に座って、分からないように、こっそりと息をついた。
夜、いきなりフット団の本部に呼び出され、ここに座れと言われたときには、何か、彼にとって許されないことをしてしまったのかと、気が気ではなかった。しかし、彼は俺を前にしても、何も言わずに、ただ黙っているだけ。少しずつ、俺は落ち着かなくなってきた。
「あの…。」
沈黙に耐えかねて、とうとう声を掛けると、その瞬間、閉じられていた彼の目が開いた。気迫に気圧され、俺はぐっと喉を詰まらせる。
「…来たか。」
「…えっ? 何がですか、シュレッダー様…。」
その時、俺たちがいる部屋に、一人のフットソルジャーが入ってきた。見ると、お盆の上に何かを乗せ、ここまで運んできたようだ。
俺とシュレッダー様の間にお盆を置き、フットソルジャーは一礼して去っていく。置かれたのは、二本の徳利と、二つの猪口。
「これは…。」
立ち上る匂いから、俺はその徳利の中身が分かった。…日本酒のようだ。
すると、シュレッダー様が徳利の一本を手にされ、片方の猪口にゆっくりと中の酒を注いだ。
「…ハン。今夜は私に付き合ってくれ。」
「は…。」
どうやら、シュレッダー様は、俺を晩酌の相手になさるおつもりらしい。俺はシュレッダー様が自ら注いでくださった猪口を、恭しく押し頂いた。
「…頂戴、致します。シュレッダー様。」
「うむ。」
両手の指先で支え、俺は猪口の中身を一気に口の中に流し込む。いつも飲んでいるビールとは、また違った風味。温められた酒は、ほんの少し飲んだだけなのに、体の芯を燃えるように熱くした。
「ハン。私にも酌をしてくれ。」
「は。」
俺は猪口を置き、もう一つの徳利で、シュレッダー様の猪口に酒を注ぐ。それを美味そうに飲み干し、彼はほっと息を吐き出した。
「…美味いな。」
「…そうですね、シュレッダー様。」
やけに鼓動が速いのは、酒のせいだろうか、それとも、俺に向けられた笑顔が、普段とは違う穏やかさを含んでいたからだろうか。
顔が見られない。俺は注いでもらった二杯目を、再び一息に飲み干した。
二人で、それぞれ一本ずつ飲み干した後。
「……。」
シュレッダー様は無言で立ち上がり、外の庭園へと通じる扉を開け放った。
早春の、まだ少し冷たさを残す風が、部屋の中に流れ込んでくる。
「気持ちいいな…。」
酒で温まった体には丁度いい。シュレッダー様はそのまま、夜の庭園をゆっくりと歩き始めた。
設えられた石灯籠に、月の光が降り注いでいる。彼は池に架かる石造りの橋を渡り、その中央で足を止めた。
頭上からの月の光が、彼の顔に深い影を落とす。肩で切り揃えられた黒髪が風に揺れる。それを見た瞬間、俺は…、堪らなくなってしまった。
「…シュレッダー様!」
「!」
驚いて振り向く彼を、俺は強く抱きしめる。身長差のせいか、彼は俺の胸に顔を埋めるような体勢になった。
「ハン! 何をする…!」
「申しわけありません。ですが、今だけは、このまま…!」
腕を解かずにいると、シュレッダー様はすぐに抵抗を止めて、俺にそっと体を預けてきた。
「……ハン。お前は、私をどう思っているのだ?」
その問いに俺は答えず、ただ、彼を抱く腕に、更に力を込めた。
この腕の強さが、そのまま答えです。
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