テーブルに着くと、すぐに俺の目の前に、焼きたてのベーコンエッグが置かれる。続いてトースト、コーヒー。朝からこんなに食えねぇよ、と思うほどに、今日の朝食は豪華だった。
「こらマイキー、つまみ食いはダメだぞ!」
そんな事を言いながら、レオナルドはフライパンの中の目玉焼きを、器用にひっくり返す。その姿を、俺は何となしにじっと見つめていた。
…想いが通じ合ったのは、昨夜のこと。俺がレオナルドを想い、あいつも同じように俺を想ってくれている。それが分かったのが昨夜だ。
素直に嬉しかったんだが、気恥ずかしさのような物が先にたち、俺たちは自分の部屋に引き取って寝るまで、まともに言葉を交わしていなかった。 で、起きてきてみたら、レオナルドはごく普通に振舞っている。昨夜のことなど、忘れたかのように。
(…あいつ、よく平気だよな…。)
努めて冷静に振舞ってんのか、それとも、…何とも思っていねぇのか。
「…ラフ、どしたの?」
「…あ。」
ドニーに声を掛けられて、俺は必要以上にレオナルドを見つめてしまっていることに気づき、慌てて目をそらした。
「さあ、出来たぞ!」
最後に自分のベーコンエッグを作り終え、レオナルドは俺の右隣の椅子に腰掛ける。俺たちの間に空いた微妙な距離が、否応にでも相手を意識させる。
(仕方ねぇ、とっとと食っちまうか…。)
律儀に胸の前で両手を合わせ、「いただきます」を言うレオナルドに構わず、俺はトーストを左手にとって、一口かじる。すると、
(…ん?)
視界の端で、何かが動いた。視線だけをそちらに走らせると、それはレオナルドの左の手。右手のフォークでサラダをつつきながら、奴は空いた左の手を俺のほうに伸ばしてきている。
しかも、レオナルドは決してこちらを見ないにも関わらず、明らかに頬がほんのりと赤く染まっている。
(ったく…)
やっぱり、意識しまくってたんじゃねぇか。俺は苦笑を漏らし、こちらに伸びてきているレオの手に、自分の右の手のひらを重ねた。
朝食が並ぶテーブルの下、俺たちは他の二人に分からないように、そっと手を繋ぎあった。
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「……あ、あのね、レオ…。」
震える唇を噛み締めて、僕は必死で言葉を紡ぎだそうとする。でも、いざ言おうとすると、体が震えて、言葉が出てこない。
「……。」
それでも、勇気を振り絞って、一番言いたかった言葉を吐き出す。
「…僕、レオのことが、好きなんだ!」
返事はない。固く閉じていた目を開けると、…僕の目の前には誰もいない。当たり前だ。これは自分の部屋での、ただの練習なんだから。
「…はぁ、練習なら、ちゃんと言えるんだけどなぁ…。」
これまでにも僕は、万全を期すために、数種類の告白の方法を考えていた。だけど、変なとこで鈍感なレオには、こういったストレートな言い方でないと伝わらないかもしれない。
…いや、ストレートな言い方ですら、伝わらないかもしれない。
「…? 俺も好きだぞ。大切な兄弟だからな。」とか言って…。あぁぁ、本気であり得る…。
(…やっぱ、いきなりキスするとか、そういった意表をつく方法じゃないと、ダメかな…)
何となく気疲れがして、僕はベッドに座り込む。盛大なため息をつくと、部屋の入り口から声をかけられた。
「ドニー? どうした?」
その声に、俯いていた僕の顔が強張る。紛れもなく、レオの声。心に思う相手の登場に、僕は弾かれたようにぱっと顔を上げる。
「…な、何? レオ…。」
「いや、シャワーが空いたから、呼びにきたんだけど…。」
「…あぁ、そっか…。」
気のない返事をしながら、僕の頭はフル回転していた。今、チャンスなんじゃないか? 練習の成果を発揮する、最高の…!
「…あ、あの、レオっ!」
立ち去りかけるレオに、僕は慌てて声を掛ける。振り向く彼に視線で射抜かれて、僕は文字通り固まってしまった。「好きだ」って、言わなきゃいけないのに…!
「…ドニー。」
僕の体が動いたのは、レオが優しく僕を呼んでくれて、しかも、両腕で包み込むようにふんわりと抱き締められたから。
「もう遅いんだから、ちゃんとシャワーを浴びて寝ないとダメだぞ。ただでさえ徹夜が多いんだから、しっかり眠っておいたほうがいい。分かったか?」
「あ…。」
しっかり眠っておいてくれ、か。純粋に僕を思ってくれての言葉だから、それに嘘偽りはない。でも…。
「…うん。分かったよ、レオ。」
結局、言いたかった言葉を飲み込んで、僕は頷く。それに満足したのか、レオは「お休み、ドニー。」と言い残して、自分の部屋に入っていった。
「はぁ…。」
再び漏れる、盛大なため息。やっぱり言えなかった…。あんなに練習したのに。
でも、この想いを伝えないことには、今の状況は変わらない。
(待っててね、レオ。)
絶対に、君に「好き」って、言ってみせるから。
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灰色の空から、とうとう大粒の雨が降り出した。
「うひゃー…。」
服のフードを目深に被って、オイラはため息をつく。その隣で、
「ほら、だから傘を持ってくれば良かったんだ。」
用意周到なレオちゃんが、自分の傘を指してオイラを見てる。
「うー…。」
確かに、一緒に買い物に出る前、オイラはレオちゃんに「傘を持っていったほうがいい」って言われた。天気予報も雨だって言ってた。
でも、こんなに早く降り始めるなんて、思わなかったし…。
「ほら。」
しゅんとするオイラに、レオちゃんが自分の傘を差しかけてくれる。
「えっ、オイラも入っていいの?」
「当たり前だろう。」
優しく言われて、オイラはいっぺんに嬉しくなった。相合傘だよね、これって!
「早く帰ろう。みんな待ってるからな。」
「うん!」
大きく返事をして、…次の瞬間、オイラの脳裏にひらめいたことが一つ。
降り続いてる雨の中、街を行く人たちはみんな、傘を差して、足早に歩いてる。…見られる心配はないよね。
「…ねぇ、レオちゃん。」
「ん? どうした、マイキー…。」
呼ばれて、こっちを向いたレオちゃんの口を、オイラはキスで塞いじゃう。
「なっ…!?」 すっごく驚いてるレオちゃんに、オイラはにぱっと笑顔になる。
「へへー…、オイラ、レオちゃんのこと、すっげぇスキー!」
それを聞いて、堪らずレオちゃんもぷっと吹き出す。
「…こらっ、マイキー!」
「油断大敵だよー!」
笑うオイラの肩を抱いて、レオちゃんが笑顔をくれる。オイラも負けじと、目一杯の笑顔を返した。
良かった、傘持ってこなくて!
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「う…。」
目が覚めてしまい、俺は眠っていたベッドの上に体を起こす。見回してみると、まだ辺りは暗かった。
体の奥に、まだ昨夜の快楽の残滓が残っているような気がする。その熱を吐息で外に逃がし、俺は隣で眠っているレオナルドに視線を落とした。
ぐっすりと眠ってはいるが、頬に涙のあとが残っている。指先でそれを拭うと、レオナルドは小さく声を漏らしながら、寝返りを打った。
俺のほうに顔を向け、穏やかな寝息を立てている。俺はレオナルドの寝顔を見ながら、もう一度ベッドに横たわった。
頬に手のひらを添えると、途端に愛おしさが溢れ出す。そのままだと泣いてしまいそうで、俺はぐっと下唇を噛み締めた。
(レオナルド…。)
彼が、自分にとって、こんなにも愛しい存在になるなんて。しかも、この想いが届くなどと、以前は考えもしなかった。 しかし、今レオナルドは、確かにここにいる。俺の隣に、…俺の、腕の中に。
眠る前に、自分の体の下で見せた、あの甘やかな姿を思い出し、俺は耐えかねてレオナルドの体を抱き締める。彼の体を腕にすっぽりと包み込み、俺は固く目を閉じる。
この一瞬を切り取って、ずっと心に焼き付けておけたなら。
「…ん?」
腕の中で、彼が目を覚ます。至近距離で目が合い、図らずも心臓が高鳴る。
「…起きていたのか。」
「起こしてしまったか。」
意識したわけではないが、俺たちは同時に呟く。しばしの間を置いて、互いに苦笑が漏れた。
「…レオナルド、頼みがある。」
「何だ?」
「…今度会うときに、…カメラ、があったら、持ってきて欲しい。」
「カメラか? あぁ、コーディに借りられれば大丈夫だろうけど、何に使うんだ?」
「…お前の写真を、持っていたい。」
レオナルドの笑顔をカメラで写し、それを持っていたい。それならば、切り取った一瞬が、俺の手元に永遠に残るのだから。
「…わ、分かった…。」
「頼む。」
レオナルドは照れたのか、それ以上何も言わず、俺の胸に顔を埋めて目を閉じてしまう。俺もレオナルドを抱き締めたままで、もう一度目を閉じた。
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ドナテロのパソコンを使わせてもらって、今日の夕飯のレシピを検索する。たまには手の込んだものを作りたいんだ。
「何がいいかな…。」
いろいろと調べているうちに、俺はちょっと気になる単語を見つける。
「天使…?」
レシピの中にもあった。メレンゲをたっぷり使った「天使のケーキ」とか、他にもたくさん。
でも、この「天使」っていうのは、一体どういう意味なんだろう。調べていくうちに、俺は天使について詳しく書かれた文章を見つけ出し、それをプリントアウトする。
出力が終わった紙の束を、俺はソファーに移動して、じっくりと読んでみることにした。 何か分からないことがあると、とことんまで調べて、自分の知識にしたい。こういう調べものは、とても楽しいんだ。
「うーん…。」
紙束をめくりながら、俺は記述に目を通していく。すると、俺の隣にレオナルドが腰掛けてきた。
「フィンセント、何を読んでいるんだ?」
「ん、ちょっとね…、『天使』について、調べてるとこ。」
「天使?」
おうむ返しに聞いてくるレオナルドに頷いて、俺は詳しく書かれた文章を彼に見せながら話す。
「ここ見て。『翼のある、人間の男性に似た姿で描かれることが多い。子供や、女性的な姿で描かれるようになったのは、近年になってから』なんだって。」
「へぇ…。」
レオナルドも感心したように頷いてくれる。ここで、俺は一番気になっていたことを聞いてみた。
「ねぇレオナルド、翼って、あの、鳥が羽ばたくときに使う、あれでしょ?」
「あ、あぁ…。」
「そんなの持ってる、ヒトに似た存在が、本当にいるのかな…。」
俺の一言に、レオナルドは何故か苦笑を漏らし、
「フィンセント…。本気で言っているのか?」
「冗談だよ。分かってるよ…。」
笑われちゃった。恥ずかしい…。
「まぁ、いたらいいなぁ、とは思ってるけどね。」
紙の束を膝の上に置き、俺は天を仰ぐ。そんな俺に、レオナルドは言葉を続けてきた。
「他には、自分を癒してくれる存在や、純粋な人のことを、天使、と呼ぶ場合があるぞ。もちろん、比喩的な意味で、だけどな。」
「へぇ…。」
自分を癒してくれる、かぁ。
「じゃあ、俺にとっての天使は、レオナルドだね。」
「…あ。」
まずい。何気なく呟いちゃったけど、もしかして、レオナルド、照れちゃった!?
「ご、ごめん、レオナルド…。」
慌てて謝ったけど、時すでに遅し。レオナルドはすっかり照れて、俺から視線を逸らしてしまう。
(あちゃー…。)
そういえば、昨日も言われたよ。「フィンセントの物の言い方は、ストレートすぎる」って。あー、どうしよう…。
「…あ、あぁ、忘れてた。俺、買い物行かなくっちゃ! 今日の夕飯、どうしよっかなー!」
空気をごまかすために、俺はわざと大きな声を出す。と、
「…じゃあ、アップルパイを買ってきてくれ。それで帳消しにしよう。」
そう言って、レオナルドはにっこりと笑う。今度はこっちが照れる番だった。
「わ、分かった。行って来ます…。」
「あぁ、気をつけてな。」
俺はリビングを後にし、自分の部屋に戻った。うわぁ、まだ心臓がばくばく言ってる。顔も熱いし…。
あの状況で、あの笑顔。…もう、やっぱり天使じゃん、レオナルド…。
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