暗い路地に、二人分の荒い吐息が響く。 しつこく追いかけてくるフットソルジャーを何とか撒き、俺とラファエロは路地裏に身を潜め、体を休めていた。
「うっ…!」
先ほど奴らから受けた腕の傷が、今になって痛み出す。もう片方の腕で傷口を押さえると、ラファエロが心配そうに俺を見てきた。
「レオ、大丈夫か…?」
「…あぁ。」
無理をすれば戦えないことはなさそうだが、痛みは集中力を奪う。すると、
「ちょっと見せてみろ。」
そう言って、ラファエロは俺の傷の具合を見てくれる。真剣な表情に、思わず胸がときめいてしまう。戦闘中だというのに…。
「…早く帰って、手当てしねぇとな。」
無事なほうの手をラファエロに握られ、俺は小さく声を上げる。顔を上げると、ラファエロの笑顔が映って、また胸がときめいた。
「そろそろ行くぜ。歩けるか?」
「…あぁ、ありがとう。」
俺はラファエロと手を繋いだまま、そっとその場を離れる。ラファエロだってケガをしているはずなのに、俺を気遣って…!
(…ありがとう、ラファエロ。)
願わくば、ずっと彼と手を繋いでいたい。愛しさに胸を熱くしながら、俺はラファエロを裏路地を駆け抜けた。

風邪を引いてしまった。
「うー…。」
熱があるみたいで、体も重い。何日も徹夜してたから、疲れも溜まってるのかもしれない。
小さな電子音に、僕はくわえていた体温計を取って、表示された体温を見てみる。
「…うわ。」
結構高い。熱があると分かった瞬間、もう頭がくらくらしてきた。まずい…!
「…ドナテロ、大丈夫か…?」
部屋の入り口から、レオの声が聞こえてきたのは、そんなとき。彼は桃の缶詰をお皿にあけて、持ってきてくれていた。
「…大丈夫じゃないかも…。」
何とかそう返事をすると、レオは僕の枕元に腰掛けて、桃を一かけら、僕に食べさせてくれた。
「…おいし。」
火照った体に、冷えた桃が美味しい。ごくんと喉を鳴らして飲み込むと、レオは僕の額の汗を拭きながら、こんなことを言ってくれた。
「他に何か、してほしい事はないか?」
何でも言っていいぞ、とレオは続ける。…本当? 本当に何でも言っていいの?
「それじゃ…、僕が寝ちゃうまで、手を握っててくれない?」
僕の頼みを、レオは快諾してくれる。そんな事でいいのか、って。
…僕にとっては、そんな事、の一言で片付けられることじゃないんだよ、レオ。 君と触れ合っていられるってことが、僕にとってどれだけ幸せなのか、知らないでしょう。
「…分かったよ、ドニー。」
ふわりと笑って、レオは僕の手を取ってくれる。包んでくれる温もりに癒されて、僕はゆっくりと目を閉じた。

今日はレオちゃんと二人でお買い物! オイラ、ずっと楽しみにしてたんだ!
「わーい!」
浮かれて駆け出すオイラに、すかさずレオちゃんからの注意の声が飛ぶ。
「こら、マイキー! あまりふざけて歩いてると、転ぶぞ?」
その声に、オイラは「大丈夫!」って返そうと思ったけど…、別の、もっといい言葉を思いついちゃったから、そっちを言うことにした。
「じゃあさ、レオちゃん。オイラと手ぇ繋いでよ! そしたらオイラも走らないし、迷子にもならないでしょ?」
えへ、オイラってあったまいい! にこにこしながら待ってるオイラに、レオちゃんは顔を真っ赤にしながら、そっと手を繋いでくれた。
「…し、仕方ないな、マイキーは…。」
もう、オイラは嬉しくなっちゃって、レオちゃんと繋いだ手をぶんぶんと振る。走らないって言ったばっかりだけど、無理みたい!
「ねーレオちゃん! あっちのお店見てみようよ!」
「わっ、マイキー…!」
はしゃぎながら、オイラはレオちゃんの手を引っ張って走りだす。その後を、レオちゃんが戸惑いながらもついてきてくれた。
レオちゃんと二人きりなのも嬉しいけど、手を繋ぐと、もっと嬉しい。

たくさんの人が行き交う、街の中。 とあるビルの角、建物を背に、俺は人待ち顔でたたずんでいた。
俺が目にしている大通りとは対照的に、ビルの横から通じる裏通りは、太陽の光があまり届くこともなく、薄暗い。
そんな場所に、何故俺がずっと立っているのかというと。
(来た…!)
微妙な気配を察知し、俺はそっと左の腕を伸ばす。その手を横合いからぎゅっと握ってきた手に、俺は気持ちが温かくなった。
良かった、今日も来てくれた…!
体の向きを変えないまま、俺は自分の手を包むものに目をやる。深い青色の手のひら。 俺より大きなその手は、以前は武器を持つこと、並びに敵を攻撃することだけしか知らなかった。だけど今は、俺の手を優しく握り締めることも覚えてくれたようだ。
「…なぁ、こっちに来ないのか?」
思い切って掛けた言葉に、彼からは自嘲気味な笑いが漏れる。
「…俺は所詮、大手を振って表を歩けるような存在じゃない。だから…、ここでいい。」
そんな事はない。それを言うなら俺たちだって、元の時代では影に隠れて暮らす存在だった。 この時代に来て、初めてこうして、変装もせずに外出が出来るようになった。だから、彼も陽の当たるほうへ出てきてもいいと思うのに…。
しかし、無理強いをすると、彼はもうここへも来てくれないような気もする。ゆえに、俺は黙って頷いた。
「そうか…。」
ぽつりとこぼすと、俺と繋いだ手に、うっすらと力が込められる。それが彼の葛藤を示しているようで、俺もしっかりと彼の手を握り返した。

とぽとぽと、液体を注ぐ音が聞こえた。
「スプリンター先生?」
ちょうど先生の部屋の前を通りかかった俺は、その音に興味を覚えて、中を覗きこんでみる。先生は特に驚いた様子もなく、俺を迎え入れてくれた。
「おお、フィンセントか。入りなさい。」
「はい。…何です? それ。 お酒ですか?」
スプリンター先生がぐい呑みに注いでいたもの。それはまぎれもなくお酒だった。ほのかなアルコールの匂いが立ち昇る。
「酒は百薬の長、と言ってな。寝る前に、少しだけ飲むようにしているんじゃ。もちろん、飲みすぎは良くないがな。」
「へぇー…。」
先生の話を聞きながら、俺は自分も久しぶりに飲みたくなってしまった。台所に取って返し、戸棚からもう一つぐい呑みを持ってきて、先生の目の前に正座した。
「俺で良かったら、お付き合いしますよ、先生!」
一応、俺は二十歳を越えている。にこにこしながら手酌でお酒を注ぐ俺に、先生はついに破顔した。
「そうじゃな…。では、付き合ってもらおうか。」
「はい!」
いただきます、とばかりに、俺はぐい呑みを掲げ、中のお酒を口に含む。久しぶりのアルコールは、心地よい酩酊感を与えてくれる。
それにこれ…、今まで、飲んだことなくて、美味しい…。
「やぁ、レオっ!」
美味しいお酒に、すっかり上機嫌になってしまった僕は、入ってきたレオを最高級の笑顔で出迎える。
「ど、どうしたんだ、フィンセント…。」
うろたえるレオに、先生は額に手を当てながら、
「晩酌に付き合ってもらったんじゃが…、ぐい呑み一杯でこれじゃ。もう飲ませないようが良かろうな。」
「ねーレオ! 遊ぼうよ!」
レオと先生の会話を遮るように、僕はレオに抱きつく。あー、気持ちいいなー…。
「…先生。俺、フィンセントを寝かせてきます。」
「…うむ。」
先生の了解を得て、レオは俺を部屋まで連れて行ってくれる。嬉しいな、レオが一緒だなんて。
「ほら、フィン。ベッドに着いたぞ。」
「…うん。」
実はすでに眠くて仕方なかった俺は、レオの手をぎゅっと握ったまま、ベッドに倒れこむ。最初は驚いた顔だったけど、次第にレオは柔らかい笑顔になっていく。そう、この笑顔が大好きなんだ…。
「…フィン、離してくれないか?」
「やだ。離さない。」
目を閉じたまま、俺はふやけた口調で答える。…そこから記憶がないんだけど、レオはずっと俺の手を握っていてくれたみたいだ。だって、
「…お休み、フィン。」
そんな優しい声が、聞こえた気がしたから。
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