心が安らぐ時



自分の部屋の扉がノックされる音で、バルジは伏せていた顔を上げた。
「失礼します。」
「有紀か…。どうしたんだ?」
部屋に入ってきた人物― 学は、小脇に抱えていたファイルをバルジに差し出した。
「遅くなってしまって、申し訳ありません。先日の任務の、報告書です。」
バルジは学の手からファイルを受け取り、すぐさま中の書類に目を通し始める。
学はその様子をじっと見ていたが、突然何かに気づき、その瞳を大きく見開いた。
「バルジ隊長、眼鏡が…。」
「ん?」
学の声に、バルジは書類の上から学の方に視線の先を移す。正面から見つめられ、学は息を詰まらせた。
「あぁ、これか?」
バルジは笑って、眼鏡を指で持ち上げた。
「たまに使うようになってな。もう俺も年かなぁ…。」
「……。」
驚きのあまり、学は声が出せない。そんな彼を、バルジは眼鏡の奥から優しい目で見つめた。
「…似合わんか?」
「いっ…、いえ、別に、そんな事は…。」
「そうか…。」
読みかけのファイルを机に置き、バルジは大きく両手を伸ばした。
「…それじゃあ、俺はこれで…。」
「待て。」
踵を返し、部屋から出ようとする学を、バルジが呼び止めた。
座っていた椅子から立ち上がり、ドアの前で硬直している学の体を、バルジは後ろから手を回して抱き寄せる。
「どうも態度がおかしいな。俺が眼鏡を掛けているのが、そんなにおかしいか?」
「あ、あの、その…。」
捕まえられた学は、すでに顔を真っ赤に染めている。バルジは、学の赤く色を変じた耳元に口を寄せ、
「はっきり言え。」
これにはさすがに耐え切れず、学は観念して口を開いた。
「…すいません。ただ、眼鏡を掛けたバルジ隊長の顔が……。」
「顔が?」
「……いつもと感じが違って、その、照れてしまって、あまり良く見られないんです…。」
搾り出すような学の言葉に、バルジはようやっと納得のため息を吐いた。
「そうだったか…。」
沈黙が落ちる。未だに手を離してくれないバルジを訝しく思ったのか、学が後ろを振り向く。
「バルジ隊長?」
「…もう、帰ってしまうのか?」
「えっ…?」
顔を上げると、視線がぶつかり合う。バルジは、少し困ったような笑みを学に向けていた。
「ちょうど休憩しようと思っていたところだ。もう少し、ここに居てくれないか?」
「…あ、はい。」
バルジの申し出に、学は笑顔で返事をする。
元より学も、気恥ずかしさはあったが、二人きりで過ごせる貴重な時間を、無駄にする気はなかった。
「コーヒーでも入れよう。だが、その前に…。」
そう言うと、バルジは学の頬に手を添え、そっと唇を重ねた。
互いを確かめ合う二人の姿を隠すように、開いたままだった部屋のドアが、静かに閉じていった。



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