Miss



一体俺は、どうしてしまったんだ。
パープルドラゴンの本拠地。その最上階の、俺専用の部屋の中。照明を極限まで落としたその部屋に、俺はいた。
言いようのない喪失感が、胸を支配している。得体の知れない感情に、俺は頭を抱えていた。何だ、何がどうなっている…!?
「…ボス、入りますぜ。」
響いたノックの音に、伏せていた顔を上げる。部屋に入ってきたのは、部下の一人。痩せぎすの、貧相な面つきの男。
「…どうした。」
「は、例の、交渉していた武器弾薬の件ですが、話がつきまして。上手くすれば、明日の夕方にはこっちに届きます。」
「…そうか。」
男が手の中の書類を読み上げるのを聞きながら、俺は椅子の背もたれに体を預けた。ほぼ、こちらの要望が通っている形だ。懸念の一つが解決したというのに、俺の表情は暗い。
「他に報告は?」
「今のところ、特にありません。」
それを聞いて頷き、俺は掛けていた椅子から立ち上がる。
「体調がすぐれん、今日は帰る。何かあったら連絡しろ。」
「あ、では、お車を…。」
「今日は徒歩でいい。」
部下の言葉を遮り、俺は部屋を出る。秋も深まってきていたが、肌に染み入る寒さが気にならないほど、俺は自分の考えに没頭していた。
数歩歩いては、空を見上げる。ビルとビルの間を飛び交う影を、俺は無意識のうちに探していた。もしかしたら、いるのではないか、と。
(馬鹿馬鹿しい…。)
そう思いながらも、止められない。複雑な感情を吐息にして吐き出すと、通りの向こうに見知った顔があるのを見つけた。ケイシーと、奴らと行動を共にしていた金髪の女。奴らなら、何か知っているか…?
一か八かだ。覚悟を決めた俺が近づいていくと、明るく談笑していた奴らが、露骨に警戒した表情になる。だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
「ハン! てめぇ、一体何しに来やがった!」
ご丁寧にも、女を後ろ手にかばうケイシー。俺は奴らをじっと見据えながら、ちらりと手近な路地に視線を走らせた。
「…お前に聞きたいことがある。」
「はぁ!?」
「ついてこい。手間は取らせん。」
それだけ言い残し、俺は近くにあった路地へと入っていく。ケイシーは戸惑っていたものの、結局は女をその場に残し、俺についてきた。
「…何だよ、聞きたいことって。」
つっけんどんな口調のケイシー。俺は回りに誰もいないことを確かめ、密やかな声で一気に囁く。
「あの亀どもは、どこに姿を消した。」
「亀…、あぁ、ラファエロたちのことか。」
ラファエロ。密かに探していた相手の名を出され、俺の顔が少しだけ歪む。が、ケイシーはそれに気づかず、俺から視線を逸らしてため息をつく。
「…俺たちにも、分からねぇ。急に姿が消えちまったんだ。って、まさか…!」
そこで、何かに気づいたようにケイシーの声が跳ね上がる。彼は俺を睨みつけ、胸元を掴んで食って掛かってきた。
「お前らが、あいつらに何かしたんじゃねぇだろうな!!」
怒りを込めた眼差しを、俺は冷たい視線で押し返す。
「…俺たちが手を下したとしたら、お前に亀共の行き場所を聞くわけがないだろう。」
「…ま、それもそうか…。」
胸元を掴んでいた手が離れる。同時に、俺は深く息を吐いた。
「…探しちまうんだよ。」
「は?」
きょとんとした顔のケイシーに構わず、俺は胸の中に燻る感情を、ここぞとばかりに吐き出す。
「夜になると、あいつを探しちまうんだよ…! ビルの間を駆け回っていないかとか、今日はケンカ売ってくるか、とか…! 近頃、赤い布を見るだけで視線がそっちに行く…。そうだ、俺はあいつを、ラファエロを探しているんだ! それも、無意識のうちにな! 
もし、居場所さえ分かるなら、全部かなぐり捨ててでも会いに行く。しかし、お前らすら奴らのいどころを知らないとなると、もう八方ふさがりだ…!」
感情のやり場がなくて、俺は手近な壁を殴りつける。ひんやりしたコンクリートに額を押し付けても、溢れ出した熱は止まらない。
「一体…、どこにいるんだ…!」
絞り出すような俺の声に、それまで黙っていたケイシーが、やっと口を開く。
「…ハン、お前まさか、ラファエロのこと…。」
言わなくていいことまで口に出したことに、そこで初めて気づく。…完全なる失態だった。見てみろ、自分自身も分かっていなかった想いを、よりによってケイシーに気づかれてしまったではないか…!
しかし、それを知っても、ケイシーの口調は変わらなかった。
「黙っといてやるよ。」
「…何だと?」
思わぬ言葉に、俺はケイシーの方に向き直る。彼の目は、俺を蔑むでもなく、真摯な色を湛えていた。
「誰にも言わないでおいてやる。…エイプリルにも、な。」
俺の視線を受けて、ケイシーは深く頷く。何故だ…?
「だって、お前、真剣なんだもん。そんなお前を、茶化すなんてできねぇよ。」
ケイシーは頬をかきつつ、「その代わり、今度会う時は、敵同士だからな!」と言って去っていった。…恐らく、あの言葉どおり、彼は誰にも言わず、自分の胸だけにしまっておいてくれるに違いない。何故だか、そう確信が持てた。
しばらくしてから、俺も路地を出る。すでにケイシーの姿はない。何ともなしに空を見上げると、目に飛び込んでくる街の明かりが、ほんの少しだけ、滲んで見えた。

ラファエロ、お前に会いたい。

歩を進める俺の胸の中で、その想いは、すでに抜き差しならないものへと変貌していた。



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