Morning star



吐き出す息が、白く視界を染める。
夜明け前、私は目の前に広がる海を見ながら、一人、砂浜に佇んでいた。
冷え切り、隊服のポケットに入れた手が、徐々に温もりを取り戻していく。手袋をしていても、この寒さはさすがに堪える。
足元に打ち寄せる白い波から、空に視線を移す。まだいくつか残った星たちが、消えていく直前の光を見せている。
もうすぐ夜が明ける。ほんのりと明るく染まる水平線は、朝の訪れを待ちきれずにいるようだ。
「バルジ。」
と、後ろから声を掛けられる。振り向くと、有紀隊長が息をはずませながら、こちらに走ってくるのが見えた。
「有紀隊長、おはようございます。」
私の前で足を止めた有紀隊長。彼の呼吸が整うのを待って、私は口を開いた。
「おはよう。すまんな、話があるからと言って、こんな朝早くに呼び出してしまって…。」
「いえ…。」
そう、なぜ私がこんな早朝から海岸にいたのか。それは他でもない、有紀隊長に呼び出されたからである。
「今から話すことを、あまり人には聞かれたくないのでな。」
聞かれたくない…。私だけに聞かせたい、内緒の話だろうか。
「隊長、話というのは…?」
「…歩きながら話そう。立ち止まっていると寒いのでな。」
言われて、私も有紀隊長の後について歩き出す。砂を踏みしめる二人の足音と、時折打ち寄せる波の音だけが聞こえる。とても静かだ。
「私は、夜明け前の海が好きでなぁ…。」
両腕を広げ、ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込みながら、有紀隊長が呟く。
「何だかこう、心が洗われるような気分になるんだ。」
空を見つめ、有紀隊長が気持ち良さそうに目を細める。その横顔に、私はなぜか見とれてしまった。こんな表情、初めて見た…。
それからしばらく、私たちは言葉を交わさずに歩を進めた。有紀隊長が話を始めてくれるのを待っているのだが、彼は一向に口を開こうとしない。
堪りかねた私が聞いてみても、
「有紀隊長、話とは、どういった用件でしょうか?」
「…もう少し待ってくれ、バルジ。まだ心の準備が出来ていないんだ。」
と、はぐらかされる。
心の準備がいる話とは…? まったく見当がつかない。
しかし、私の少し前を歩く有紀隊長が、何かを思いつめたような表情をしているのを見て、私はそれ以上何も言えなくなってしまった


空の明るさが増してきた。空の星も、少しずつ消えてきている。そんな事を思っていると、
「……よし。」
小さな声と共に、有紀隊長がその場に足を止めた。つられて私も立ち止まる。
「すぅ…、はぁ…。」
有紀隊長は、私に背を向けたまま、もう一度大きく深呼吸をする。そして振り向いた彼の瞳には、何かを決意したような、強い光が宿っていた。
「バルジ…。私は、お前が好きだ。」
「……えっ…?」
突然の告白に、私の体は固まってしまう。言葉を失う私に、有紀隊長は続けて言った。
「私と、…付き合って欲しい。」
その瞬間、海の向こうから太陽が昇り始めた。その鮮烈な眩しさに、私は一瞬目がくらんだ。
顔の前で手をかざし、光を遮る。ようやく眩しさに慣れてきた私の目に飛び込んできたのは、今まで見たこともないくらい爽やかな、有紀隊長の笑顔だった。
じっと見つめられて、頭の中が真っ白になってしまう。視界の中の彼の笑顔が、ちょっと困ったような表情に変わる。
「…返事は、もらえないのか?」
「うっ…!」
何も言えない私に、有紀隊長が更に言い募る。
「皆、あまり何も言わないようだが、お前が人一倍頑張っているのは、私がよく知っている。任務が終わった後も、毎日欠かすことなく、
トレーニングを続けている事もな。そんなバルジだからこそ、私は好きになったのだ。」
「隊長…!」
そんな事まで、ご存知だったのですか…! 私をちゃんと見ていてくれた、という驚きに胸を打たれ、私は両手で心臓の辺りを押さえた。
「もう一度言う。私と、付き合って欲しい。」
口調は柔らかいが、その声には有無を言わさぬ雰囲気がある。それに飲まれ、私は思わず頷いてしまった。
「バルジ…!」
感極まったように呟き、有紀隊長が私に抱きついてきた。
「えっ、と…。」
彼の勢いに押され、私は数歩後ろに下がる。私の腕の中で、有紀隊長はほうっと息を吐いた。
「…いや、すまん。安心したとたんに気が抜けてしまった…。」
「有紀、隊長…。」
何故だろう、服越しではあるが、彼の温もりに触れていると、愛おしさがこみ上げてくる。
気がつくと、私は有紀隊長の唇を奪っていた。
そっと触れるだけの口付け。それでも、私たちの心はしっかりと通じ合った。そのような気がする。
「バルジ…、ありがとう。本当にありがとう…!」
改めて、有紀隊長の腕が私の背中に回される。隠そうとしても隠し切れない喜びが、彼の全身から溢れ出していた。
「もう一度…。」
有紀隊長の声に従い、私は再び彼に口付ける。今度は、先ほどよりも、深く。そして長く。
いつの間にか、寒さを感じなくなっていた。抱きしめた有紀隊長の体と、彼への想いで、体も心も温かかった。


その後、私たち二人は、砂浜に打ち寄せる波の音を聞きながら、空に浮かんだ星の、最後の一つが消えるまで、ずっと空を見上げていた。



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