ハロウィンは楽しい
「日の入りが早くなったな…。」
改札を出て、私はそう呟いた。
この間までは、まだこの時間でも空はかなりの明るさを残していた。
だが、今では陽が沈みかけており、東の空は濃い青に染まっている。
「もうすぐ冬か…。」
そろそろ、冬物のコートが必要になるな。そんな事を思いながら、私は家に到着する。
扉を開けようとしたその時、私は足元に奇妙なものが転がっているのに気づいた。
「……何だ?」
手にとって眺めてみる。それは、どう見ても普通のカボチャだった。
中がキレイにくり貫いてあって、目、鼻、口にあたる場所に穴が開けられ、中に蝋燭が灯されている以外は。
「……。」
私はそれをしげしげと眺め回した後、元の場所に戻した。確かに笑顔なのだが、大きな口が少し不気味ではある。
何の意味があるのか。だが、ここで考え込んでいても仕方が無い。気にしないことにして、私は玄関の扉を開けた。
「ただいま。」
私の声に、子供たちが奥の間から走ってくる。が。
「お父さん、お帰りなさーい!!」
「なっ…!? お、お前たちは一体、何て格好をしているんだ!」
走りよってきた子供たちの服装に、私は度肝を抜かれてしまった。
デイビッドは白いシーツをすっぽり被っており、ブルースは私の黒いコートを羽織り、
学は豹柄のタオルを体に巻いて腰の辺りで縛り、ルイはおもちゃの猫耳と尻尾を付けていた。
「Trick or Treat! 何かお菓子くれないと、いたずらするぜー!」
「するぜー!」
デイビッドの声に、ルイが続ける。一方私は、まだ状況が飲み込めていない。
「……それは、何の真似なんだ…?」
「何だよ、父さん知らないのかよー。ハロウィンだよ、ハロウィン。」
「ハロウィン…?」
デイビッドの言葉を、頭の中で繰り返してみる。確か、帰ってくるときに通った商店街でも、似たようなことをやっていたような…。
「お菓子くれるか、いたずらされるか、どっちか選ぶんだ。さあ父さん、どっちがいい!?」
お菓子か…。そういえば、部下の出張の土産を貰ってきていたな。
私は鞄を開けると、個包装されていたクッキーを一枚ずつ、子供たちに配った。
「少ないが、ほら、お菓子だぞ。」
「わーい! やったー!!」
「にゃおー!」
子供たちが歓声を上げて居間のほうへ走っていく。私はため息をつくと、まだ自分が玄関先にいたことに気づいた。
「ハロウィン、か。」
呟いて、家の中へ上がる。玄関のカボチャのランプも、きっとそのハロウィンのために用意されたものだろうな。
「ユキ、ただいま。今日の夕飯は…!?」
ユキに声を掛けつつ、台所を覗いた私は、そこでまた度肝を抜かれた。
「あっ、お、お帰りなさいませ…!」
振り向いたユキは、普段ならあまり着ないような、体にフィットした黒のワンピースを着ていた。
おかしい。今朝は、普通の格好をしていたはずだ…。
「ユキ、その格好は…?」
「すみません…、子供たちに、『ハロウィンだから』と言われて、着させられました…。」
「…魔女、だろうか…。」
「でしょうね…。」
ユキとの間に、少し気まずい空気が漂う。
「…すまん。食事が出来たら、また呼んでくれ。」
「はい。」
私はユキに背を向けると、自分の部屋へと入った。それにしても、先ほどのユキは…。
長い金髪に、黒の裾がふわりと広がったワンピースがよく似合って…。
「……はっ!」
いやいやいや、何を考えているんだ私は。頭を大きく振って部屋着に着替え、
私は子供たちが待つ居間へと向かった。
今日の夕飯は、カボチャのシチューとアップルパイだった。これも、ハロウィンだかららしい。
「…うん、美味い。」
ユキが腕を奮った料理に、思わず感嘆の呟きを漏らす。
「おかわりー!」
「にゃおー!」
シチュー皿を差し出す子供たちに、私は困ったような笑みを向けた。
「お前たち、いい加減にそれを脱がないか?」
「やだ! ハロウィンだもん!」
…デイビッドに即答され、私は深いため息をついた。子供たちが楽しんでいるからいいが、
こういった行事は、少し困りものである。
翌日、私が帰ってくると、玄関先にまたカボチャのランプが灯っていた。
「おいおい、ハロウィンはもう終わったぞ?」
私は呆れて、蝋燭を吹き消す。ランプをその場に置き、私は真っ直ぐ居間へと向かった。
「ただいま。」
「あ、父さん。お帰り。」
居間では、デイビッドが一人、テレビを見ていた。上着を脱ぎつつ、私はデイビッドに話しかける。
「玄関のカボチャのランプ、いつまで点けておくつもりだ? ハロウィンはもう終わったんだろう?」
「あぁ、アレ? あのランプ、ルイがすんごく気に入ってるから、消すと泣くよ。」
…泣く? 嫌な予感が背筋を走りぬける。そして次の瞬間。
「あ゛ーーーん!! かぼちゃさんがーーー!!」
玄関から、ルイの大きな泣き声が響いた。しまった…!
「…父さん、消したな。」
「ああ…。」
私は少し迷った末、棚からライターを取り出し、玄関に戻った。
カボチャの目の前で、ルイは今までにないくらいの勢いで泣いていた。
「きえちゃやだー!! かぼちゃさーーーん!!!」
「ルイ。」
私が声を掛けると、ルイは一瞬だけだけ泣くのを止めたが、すぐにまた泣き声を上げ、私の足元にすがり付いてきた。
「…おどーざん、がぼぢゃざんがー!」
大粒の涙を流しながらカボチャを心配するルイ。そんなルイの頭を撫でてやりながら、
「よしよし。今、カボチャさんを元に戻してあげるからな。」
頭の蓋を開け、中の蝋燭に火をつける。すると、今までの涙はどこへやら、途端にルイに笑顔が戻った。
「かぼちゃさんげんきになった?」
「ああ、元気になったよ。」
「わーい! よかったね、かぼちゃさん。」
今度は、ルイがカボチャランプの頭を撫でてあげた。そんなに気に入っていたのか…。
「…さあ、ルイ。カボチャさんは元気になったから、もう部屋に戻ろう。」
「うん!」
ルイの背中に手をやり、私たちは居間に戻った。
その後、このカボチャランプはルイの部屋に居場所を移し、「パンプキンのパンくん」と名前まで付けられ、
それこそもう使えなくなるまで大事にされ、そのお役目を終えたのだった。
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