メリークリスマス 〜二人のサンタが街を行く〜



「うわーん!!」
帰宅した私を迎えてくれたのは、学の泣き声であった。
「どうした!?」
慌てて靴を脱いで、私は居間へと急ぐ。そこには、大泣きしている学と、仏頂面のデイビッドがいた。
「デイビッド、学を泣かしちゃダメだろう!」
私がデイビッドを叱ると、思いがけない返答が帰ってきた。
「だって学の奴、『サンタクロースは絶対にいる!』って言い張るんだもん!」
「……何?」
私が学の方を見やると、学は涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
「ほんとだもん! サンタさんはいるもん! 兄ちゃんのウソつきー!」
「…学。」
腕を伸ばして抱き上げると、学はようやく泣き止んでくれた。
「父さんは、サンタさんはいると思うぞ。」
「本当!?」
「ああ。いい子にしていれば、クリスマスに素敵なプレゼントをくれるんだ。必ず、な。」
「よかった、やっぱり居るんだね…!」
私の言葉を聞いて、学は安心したように笑った。
ちょうどそこへ、ユキが夕飯の支度が出来たと呼びに来たので、その話はそこで終了になった。

「あのさ、父さん…。」
夕飯後の晩酌中、デイビッドが私に話しかけてきた。
「どうした?」
「さっきの話なんだけど…。」
さっきの…? …ああ、サンタクロースの話か。
「ああいう風に言わないと、学は泣き止まないだろう? あいつは結構頑固なところがあるからな。」
「…そっか、そうだね。」
二人で顔を合わせて笑いあう。学は今ごろ、サンタクロースの夢でも見ているのだろう。

(とは言ったものの…。)
実際にクリスマスになって、サンタクロースが来ないとなれば、学はきっと落胆するだろう。
私は、子供たちに夢を失って欲しくない。どうすれば…。
会社の食堂で悩んでいると、突然後ろから背中を叩かれた。
「よう! どうしたんだよバルジ! しけたツラしやがって!」
「村瀬…。」
この男、村瀬竜作は、私の同僚であり、高校時代からの友人でもある。
今は確か、営業課の課長を務めているはずだった。
「何か、心配事でもあんのか?」
定食が乗ったトレーを机に置き、村瀬は私の隣に座り込む。
そんな村瀬に、私は昨夜の出来事を簡潔に話した。学がサンタクロースの存在を信じている事、
そして、子供たちに純粋な心を失って欲しくない、という事。
話し終えると、村瀬はいきなり爆笑し始めた。
「はっはっは…、いやー、お前んとこの子供は可愛くっていいなぁ!」
「笑い事じゃない。現に学は大泣きしてるんだぞ!」
「まあまあ、気持ちは分かるさ。うちだって、シュナの奴はまだ信じてるぜ。シルバーは…、どうだろうな。」
…村瀬には、息子が三人いる。前の奥さんとは離婚しており、子供たちを男手一つで育てているのだ。
上から、中学生で柔道部に入っているホセくん、ブルースと同じクラスのシルバーくん、そしてルイと同じ保育園に通っているシュナイダーくんだ。
会ったことはないが、全員村瀬に似て、元気が良すぎる位に育っているらしい。
「で、だ。そういう事なら、俺に任せておけって。」
「何か考えでもあるのか?」
「当然だ。お前が手伝ってくれるんだったら、話は早い。週末、俺の家へ来いよ。いいもん見せてやるぜ。」

週末、私は言われたとおり、村瀬の家へと赴いた。
「ほら、こいつだ。」
ガレージに通され、村瀬が私に見せたものは……
「…リヤカー、だな。」
そう、それはどこからどう見ても、荷物の運搬に使う木製のリヤカーだった。
「親戚の親父が農業やってるんだけどよ、もう使わないから、つって、譲ってもらったんだ。」
「…わかった。で、これで何をするんだ?」
「おう、まずはこいつを全部白く塗ってだな、こいつを外側にくっつける。」
そう言って、村瀬はガレージの隅から白い板を二枚持ってきた。
「知り合いの大工に言って、切り出してもらった物なんだが、こいつを貼り付けると、横からソリみてぇに見えねえか?」
なるほど、確かにソリのような形をしている。リヤカーの車輪部分を隠す効果もあるだろう。
「この上に、チビどものプレゼントを載せて、家まで運ぶ。どうだ? 俺たちがサンタクロースになる訳だ。」
「そういう事か…。」
ここまで話を聞いて、私はふと疑問に思うことがあった。
「…で、誰がこのリヤカーのソリを引っ張るんだ?」
まさか私じゃないだろうな。しかし村瀬は事も無げにこう言った。
「ああ、それならホセに頼んである。トレーニングの一環だってな。」
「そうか…。」
安心した。さすがにそんな体力は持ち合わせていない。溜まっていた息を吐くと、村瀬が白いペンキの入った缶を私に差し出した。
「さて、とっとと塗っちまおうぜ。」
「ああ。」
村瀬からペンキの缶を受け取り、私たちは作業に取り掛かった。
そんなに大きくないリヤカーであったため、作業は二時間半程度で終わった。
白い板の貼り付けも終わり、それはリヤカーからソリへとその姿を変えた。
「村瀬…、換気しよう…。空気が篭ってるぞ…。」
「ああ…、そうだな…。乾かさねぇと、いけねぇもんな…。」
私はぐったりした体を引きずり、閉まったままであったガレージの扉を開けた。すると、
「あら? それってもしかして、ソリですか?」
いきなり、近所の奥さんに出くわした。
「もうすぐクリスマスですから…、あ! 子供たちのために、サンタクロースになってあげるんですね!」
…まずい。ここで計画が露見したら、遅かれ早かれ、子供たちの耳に入る…!
「いや、あの、その…。」
しどろもどろになる私たちをよそに、彼女は胸の前で両手をぱんっ、と合わせ、
「…では、家もお願いがあるんですけど…。」
「え?」
そっと、耳打ちをしてきた。


街が一番華やぐ季節となった。会社からの帰り道、私は子供たちへのプレゼントを買うため、
駅の向こう側にあるショッピングモールへと足を運んだ。
デイビッドには新しいキックボード、ブルースにはヒット曲を集めたブルースハープの楽譜、
学には新品のスニーカー、ルイには子供用に書かれた植物の図鑑を購入した。
(喜んでくれるといいな…。)
プレゼント用に包装してもらい、私はショッピングモールを後にした。
そして、私は子供たちに渡す手紙も用意していた。丁寧にワープロ打ちで、
「デイビッド、ブルース、学、ルイへ  メリークリスマス! 私はいつでも、君たちを見守っているよ  サンタクロースより」
と、英語で書いた。恐らくバレないだろう…とは思う。


準備は着々と進み、そして、決行当日の夜となった。


日付が変わるころ、子供たちを寝かしつけた私は、身支度を整えてこっそりと家を抜け出した。
集合場所の近所の空き地には、すでに村瀬とホセくんが待っていた。
「遅ぇぞ、バルジ。」
「すまん!」
村瀬からサンタ服を受け取り、急いで身に着ける。防寒のためにセーターを何枚も重ね着しているため、
体型がサンタクロースにそっくりになった。村瀬も似たようなものだったが。
「クリスマスのパーティーはしてきたのか?」
「ああ。ユキが腕を振るってくれたご馳走と、美味いケーキも食べたぞ。」
「ちぇっ。お前んとこはユキちゃんがいるから良いなぁ…。」
ぼやく村瀬を尻目に、私は先ほどの事を思い出す。学を寝かしつけるときに言われた事を。
「ねえ、お父さん。サンタさん、きっと来てくれるよね…!」
「ああ。安心して寝なさい。」
「うん!」
学はにっこり笑って目を閉じた。枕元に吊るされた靴下を見ながら、私は学の部屋から出て行った。
この子のためにも、今夜は頑張らないと…!
ちらりとリヤカーを見やる。その荷台には、子供たちに渡すプレゼントが満載されていた。
…リヤカーのソリが見つかってしまった後、私たちは奥さんのたっての願いを聞きいれ、彼女の子供たちのプレゼントも運ぶことになった。
それに便乗する家が相次ぎ、私たちが運ぶプレゼントはかなりの数になってしまった。
その数、約二十軒。この町内の子供がいる家のほとんどを網羅している。兄弟がいる家も多いため、その数は一つでは済まない。
荷台には、かろうじて私と村瀬が乗れるスペースが空いていた。そこに乗り込むと、ホセくんが前に回る。
「それじゃ、オヤジ、おじさん、行きますよ。」
ホセくんに引っ張られ、リヤカーのソリは静かに夜の町に滑り出していった。
油をたっぷりと差してあるため、車輪からは全く音が聞こえない。
聞こえるものといえば、村瀬が手に持ち、時折鳴らす鈴の音だけだ。
「まずは…。」
村瀬が地図を見やる。ルートを確認し、一番手近な家の前で止まる。
話は通してある。子供部屋の窓が開いているので、そこからプレゼントを差し入れる手筈だ。
子供部屋が奥にある家は、玄関先に置いておくことになっている。
翌朝、子供たちが上げる歓声を思い浮かべながら、私たちはプレゼントを配り続けた。
「ホセくん、寒くないかい?」
「大丈夫です!」
即答された。さすがに柔道部というのは鍛え方が違うのだろう。震えている私たちとは違って、彼はうっすらと汗までかいていた。
「……。」
リヤカーを引いて走るホセくんの背中を、私は頼もしげに見つめた。うちの子たちにも、こんな風に逞しく育ってもらいたい、と思った。

プレゼントを全て配り終えると、時間は夜中の二時になっていた。
「うー、寒ぃ。とっとと帰って熱燗でも一杯引っ掛けたいぜ…。」
「私は早めに寝る事にしよう。もう限界だ…。」
そんな事を言い合いながら、私たちは撤収作業に入る。とはいっても、リヤカーは村瀬の物だし、私は家に帰るだけだったが。
「じゃな。また年明けに会おうぜ。」
「おう。またな。」
互いに言い合い、私たちは別れた。凍ってしまうような寒さだったが、私の胸は達成感に満ち溢れていた。
子供たちを起こさないように、静かに玄関を開け、家の中に滑り込む。足音を忍ばせ、自分の部屋に入り、私は大きく息を吐いた。
着たままだったサンタ服からパジャマに着替えると、私は机の一番上の引き出しを開ける。
手前にあった小さな箱を取り出し、蓋を開けて中身を見る。
真珠のイヤリングが一組、そこに入っていた。
子供たちのプレゼントを買う際に、こっそり購入していたものだ。
それを手に持ったまま、私は箪笥の前まで歩いていく。上に飾られたカタリナの写真の前に、イヤリングの入った箱をそっと置いた。
「…メリークリスマス、カタリナ。」
写真の中の笑顔は、少しも変わっていない。在りし日の彼女の姿をしばらく見つめたあと、私は目を閉じてそこから離れた。
今でも、君を愛しているよ。その言葉を、胸の内で繰り返しながら。

ベッドに横になり、部屋の電気を消す。
子供たちの喜ぶ顔を楽しみに、私は笑顔のまま眠りについた。



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