ユキの耳かき



目の前で、白いふわふわの綿が揺れている。
ユキの膝の上に頭を乗せながら、デイビッドは心から気持ちよさそうな顔をしていた。
「痛くないですか?」
「すっげー気持ち良い…。ユキの耳かき、最高…。」
「そうですか?」
うっとりと呟くデイビッド。そんな微笑ましい光景を、私は思わず携帯電話のカメラで撮ってしまった。
「あー父さん、何撮ってんだよー。」
「デイビッドが、あんまり気持ちよさそうだったからさ。」
「しょうがねぇなー。」
呆れ顔のデイビッドだったが、ユキが耳に息を吹きかけると、途端に手足をじたばた動かし始めた。
「うひゃははは!」
「暴れないでください、危ないですよ!」
優しく叱るユキ。その傍らには、耳かきの他に、綿棒、ウェットティッシュなどが置いてあった。
ユキの耳かきは、そんな道具を巧みに使い分け、耳の中をすっきりキレイにしてくれる他、ついぐっすりと眠ってしまう、といった効果もあった。
「はい、終わりましたよ。」
「ありがとーユキ! さっぱりしたよ!」
「良かったですね。」
にこにこ笑いあう二人。と、ちょうどそこへ宿題を終わらせたブルースがやってきた。すかさずデイビッドが声を掛ける。
「お、ブルース! お前もやってもらえよ! ユキの耳かき、最高だぜ!」
「…え、僕はいいよ…。」
最初は遠慮していたブルースだったが、ユキがにっこり笑って、
「どうぞ。」
と言うと、少し照れつつもその頭をユキの膝に乗せた。
「お願いします…。」
「はい。」
耳の中に耳かきの先端が入るや否や、ブルースの表情が蕩けそうなものに変わった。
「な? な!? 気持ちいいだろ!?」
デイビッドの問いかけに、小さく頷くブルース。夢心地でいるようだ。
「あー! お兄ちゃんずるーい! 僕もやってもらうー!」
「ルイもー!」
ほどなく、学とルイも居間にやってくる。自分も自分もと騒ぐ二人だったが、
「はい。でも順番は守ってくださいね。」
そう言われ、大人しく並んで順番待ちを始めた。
(後ろに並んだら、驚かれるかな…。)
穏やかな光景を見ながら、私は読んでいた本のページをめくった。
無邪気にユキに耳かきをねだることの出来る子供たちが、少しだけ羨ましかった。


「父さーん…。」
「ん?」
声を掛けられ、私は顔を上げる。デイビッドが困ったような顔でこちらを見ていた。
「ルイがさ、ユキの膝の上で寝ちゃったんだけど。」
「はは…。やっぱりか。」
ルイは、ユキの膝を枕に、すやすやと寝息を立てている。起こさないようにそっと抱き上げると、ルイは微かに笑ったようだった。
「父さんは、ルイを寝かせてくる。お前たちももう寝なさい。」
「はーい。父さん、ユキ、お休みー!」
「お休みなさい。」
子供たちが階段を上がっていく。その後を追うように、私も二階へと上がる。
ルイを寝かせて戻ってくると、ユキはまだ元の場所に居た。
「…どうしたんだ?」
私の問いかけに、ユキは何故かぽっと顔を赤らめ、
「…あの、もし宜しければ、み、耳かきを…。」
「……私にも、してくれるのか?」
「はい。」
ユキの申し出に、私は心がじんわりと温かくなるのを感じた。
「ありがとう。では、少し待っていてくれ。」
そう言うと、私は階段の下へ行き、耳をすませた。二階で物音はしない。子供たちが起きてくる様子はないようだ。
居間へ戻ると、ユキと目が合った。彼女よりも先に笑顔を浮かべ、
「じゃあ、お願いしようかな。」
「はい。」
カーペットの上に横になり、ユキの柔らかな膝の上に頭をもたせ掛ける。人に耳かきをしてもらうなんて、何年ぶりだろう。
あまり間を置かず、耳かきが入ってくる。なるほど気持ちいい。デイビッドやブルースがうっとりするのも頷ける。
静かに目を閉じると、何故か若いころの記憶が甦ってきた。確かあれは、結婚して間もない頃じゃなかったか…?

窓辺で、外を見ながら寝転んでいた私に、亡き妻、カタリナが近寄ってきて、優しく私の頭を膝に乗せて、耳かきをしてくれたっけ…。
陽だまりの中の、ゆったりと流れる時間。今は遠いものとなってしまった、懐かしい記憶…。

「……。」
うっすらと目を開ける。ユキは綿棒を使い、耳の外側を丹念に掃除してくれていた。
「…はい、では今度は反対側をしますね。」
ユキの声を受けて、私はゆっくり身を起こし、反対側の耳を上にして再びユキの膝に頭を乗せた。
その時、私は気づいた。いつもと変わらないユキの笑顔。だが、心なしかその目が潤んでいるように見えた。
「…ユキ、どうした? 泣いているのか?」
「…あ、いいえ。何だか眠くなってきてしまって…。」
「そうか…。すまんな、耳かきなど頼んでしまって…。」
現在の時刻は、ユキの退社時間を大幅に過ぎている。残業させてしまっているわけで、私はそれを申し訳なく思った。
「いいえ、これは私が好きでやっていることですから…。」
気にしないで欲しい、と言わんばかりに、ユキは大きく手を振る。
「それよりも、残ったもう片方の耳、掃除させてください。」
「…ありがとう。」
私は再び目を閉じる。ここまで来たのなら、彼女の好意に甘えさせてもらおう。

耳かきの心地よさと、ユキの温もり。そして優しい記憶に抱かれながら、私は幸せな夢を見ていた。



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