そして悪夢は繰り返す…
気持ちのいい朝である。
このところ、快晴の日が続いている。今日も爽やかな、良い天気だ。
「お待たせしました。」
ユキの声に、私は外に向けていた視線を、目の前のテーブルへと向けた。
私の前には、炊きたてのご飯に味噌汁、焼き鮭、卵焼き、きゅうりの浅漬け、それに冷えた麦茶のコップが置かれていた。
立ち上る湯気が、否応なしに食欲をそそる。
「ありがとう、ユキ。」
横に腰掛けたユキにお礼を言い、私はそれらを瞬く間に食べてしまう。
「そんなに勢いよく食べますと、お腹を壊しますよ。」
「…ああ、すまん。何しろ、ユキの料理は美味しくてなぁ…。」
「まぁ…。」
私の言葉に、ユキが小さく笑いを漏らす。と、そこへ朝刊を取りにいってくれたデイビッドが戻ってきた。
「父さーん、朝刊―。」
「お、ありがとう。」
食後の麦茶をゆっくりと味わいつつ、私はデイビッドから朝刊を受け取る。
毎朝、郵便ポストから朝刊を取ってくるのは、長男であるデイビッドの役目なのだ。
新聞の一面には、昨夜勝利した野球チームの記事が載っている。書かれている文章を読んでいると、デイビッドが横から声を掛けてきた。
「なー、父さん…。」
「ん? 何だ?」
視線をデイビッドに向けると、彼は何故かガッツポーズをしつつ、
「頑張れ。」
そう言って、部屋に戻っていった。
頑張れ…? 何を頑張れというのだろう。仕事かな?
「どうしたんだ…? ずいぶん殊勝なことを言うじゃないか。」
私が呟くと、ユキが小さく笑いを漏らす。
「デイビッドさんも、少しずつ大人になっているんですね。」
「…そうだな。さて、そろそろ出掛けるとするか。」
「はい。」
私が立ち上がると、ユキはすかさず後片付けを始める。その間に私は自室へ戻り、支度を済ませる。
玄関へ出ると、そこにはもうユキが待っていた。彼女はいつも、私の姿が見えなくなるまで見送ってくれるのだ。
「じゃあ、行ってきます。」
「いってらっしゃいませ。頑張ってくださいね。」
にこやかな笑顔のユキに小さく手を振り、私は玄関の扉を開け……
一歩踏み出したところで、体の動きを止めた。
―な…。
何だ、コレは…?
今、私の足の横でのた打ち回っている、この、長くて、細い、『環形』動物はっ…!!
「…う、うわぁぁぁっ!!」
腰が抜けた。地面に尻餅をつき、私はそのままずるずると後ろへ下がる。
やっと声が出た。ということは、呼吸まで止めていたらしい。
いや、そんな事はどうでもいい。問題は、目の前の、アレだ!
「どうなさいました!?」
私の叫び声に驚いたのか、ユキと子供たちが集まってきた。天の助けとばかりに、私はユキに助けを求めた。
「…ゆ、ユキ、助けてくれ…。あ、アレを、どっかにやってくれ…!」
震える指で外を指す。ユキは私の横を通り、不思議そうな顔できょろきょろしている。
「地面だ! 地面っ…!」
搾り出すような声を上げると、ようやくユキがそれに気づいてくれた。未だに地面で蠢いているそれをつまみあげ、
彼女は玄関前から姿を消す。庭の隅のほうへ捨ててきてくれたようだ。
「もう大丈夫ですよ。」
戻ってきたユキに、理性の糸が切れた私は、つい子供のように抱きついてしまった。
「えっ…!?」
「ユキ、ありがとう…。本当にありがとう…!」
足にしがみつきながら、必死で呼吸を整える私を、ユキは咎める風もなく、優しく頭を撫でてくれた。
「…すまん。いささか取り乱していたようだ。」
やっと、私は自分を取り戻した。が、立ち上がった私に、ルイが容赦のない一言を投げる。
「おとーさん、メメゾさんがいたの?」
「言うなー! 言わないでくれー!!」
頭を抱えてパニックになりかける私を、デイビッドがニヤニヤしながら見ていた。
その視線に気づいた私は、デイビッドをじろりと睨みつける。
「デイビッド、さっきの『頑張れ』というのは、この事だったのか! お前はこうなる事を見越していたんだな!」
「さーてね。あ、そろそろ支度しないと、学校に遅刻しちまう〜♪」
歌いながら、デイビッドは部屋に戻っていく。ブルース、学、ルイもそれに続く。
とり残された私に、ユキが気を取り直すように声を掛けてくれた。
「それでは、いってらっしゃいませ。」
「…ああ、行ってくる。」
歩き出した私の足取りは、いつもよりも格段に重かった。
その日、私は一日中ブルーだった。
村瀬に励まされようとも、一日十食限定の特製ランチが食べられても。
私は、とことんまでブルーだった。
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