炸裂! ユキの必殺技
「本当に、お邪魔してしまっていいんでしょうか…?」
「構わんさ。子供たちも喜ぶだろう。」
着替えの入った、いつもより少し大きめの鞄を持ったユキに、私は大きく頷いてみせた。
今日は、ユキが我が家に泊まることになった。
明日行く予定の家が、ここから近いらしいのだ。
ならば、一度センターに戻ってから行くより、ここから行ったほうがいいだろう。
そう思い、私は今夜はここに泊まっていくといい、と言ったのだ。
しきりに遠慮をするユキだったが、やはり子供たちには勝てない。
「なーユキ、遠慮することないってー。自分の家だと思って、ゆっくりしてってくれよー。」
いっぱしの口調で言うデイビッド。ルイもユキの服を掴んで離さず、
「ルイ、ゆきといっしょにねるー!!」
と言ってきかない。ブルースにも学にも引きとめられ、ついにユキは
「わかりました。じゃあ一晩だけ、お世話になります。」
にっこりと笑った。
事件は、皆で揃って夕食をとり、順番に風呂に入り、そろそろ寝ようと思っていたところで起こった。
「ゆきー、いっしょにねよー♪」
パジャマに着替えたルイがユキを呼びに来たとき、デイビッドが猛然と反論した。
「ずるいぞルイ! オレだってユキと一緒に寝たいんだからな!」
それにつられて学も、
「そうだよ! 僕だってユキと一緒に寝たいんだよ!」
二人がかりの反論だが、ルイも負けてはいない。
「やだー! おにーちゃんたち、えっちー!!」
「……はぁ!?」
いかん、ユキを巡って大喧嘩である。と、その時ブルースが、
「…じゃあさ、奥の部屋で、みんなで一緒に寝ればいいじゃない。」
確かに、我が家の奥には、普段使っていない客間がある。そこに布団を並べて、みんなで寝ようというのだ。
それを聞いて、デイビッドはしみじみとブルースの顔を眺め、呟いた。
「ブルース…、お前って、ほんっっとに頭イイんだな…。」
「……。」
ブルースは答えない。が、その顔は褒められてまんざらでもなさそうだ。
「決まりましたね、皆さん。では、それぞれ自分の布団を持ってきてくださいね。」
「『はーい!!』」
こうなると、うちの子供たちの行動は早い。瞬く間に五組の布団が奥の部屋に用意された。
真ん中にユキ、その両隣にデイビッドとルイ。三人の頭の上にブルースと学が入る。何とも平等な並び方である。
全員が布団に入ったのを見て、私は部屋の入り口にある灯りのスイッチに手をやった。
「電気消すぞ。」
「あれー? 父さんは一緒に寝ないのかー?」
「……あのなぁ、デイビッド…。」
寝られるわけがないだろう、普通に考えて。思わずため息をつく私に、デイビッドはひらひらと手を振り、
「やだなぁ、冗談だよ、冗談。」
「はぁ…。とにかく、消すぞ。」
スイッチを切ると、部屋の中に暗闇が落ちた。同時に、五人分のひそやかな笑い声も聞こえてきた。
「なんか、楽しいね! お泊り会みたい!」
「ゆきー、おはなししてー。」
「いいですよ。むかしむかしあるところに、コワーいオオカミさんがいました…。」
「いきなりオオカミって、斬新過ぎだよ!」
「『あははは…。』」
やはりまだまだテンションは高いようだ。一声かけておこう。
「お前たち、あんまり遅くまで起きてるんじゃないぞ。じゃあ、お休み。」
「『お休みなさーい!」』
そっとドアを閉めると、ユキの話の続きが始まったようだ。子供たちも楽しんでいるようだし、
たまにはこういうのも悪くないだろう。
そう思い、私は大人しく、部屋に戻って寝ることにした。
物音で目が覚めた。
(ん…?)
まだ眠気の残る体を無理やり起こし、壁の時計に視線をやる。
(朝の五時、か…。)
たしか、ユキがここを出るのが六時半のはずだから、まだ少し起きるには早いはずだ。
耳を澄ます。また物音が聞こえた。しかも今度は先ほどのよりも大きい。
おかしい。私は出来るだけ音を立てないように部屋から出た。
物音は…、どうやらキッチンの方から聞こえているようだ。
(ユキが、朝食の用意でもしてくれているのか?)
しかし、その考えは、奥の部屋からユキがそっと顔をのぞかせたことで否定された。
「どうしました?」
声を上げかける彼女を制し、唇の前に人差し指を当てる。その間も、物音は断続的に聞こえてきている。
子供たちはまだ寝ているはずだし、加えてユキじゃないとすれば…、何物かが家に侵入していることになる。
私は足音を殺しながらキッチンの前まで進み、中にいる何者かを驚かせようと、思い切りよくドアを開け放った。
「そこで何をしている!」
「!!」
思ったとおり、中には見知らぬ若い男が一人。戸棚の引き出しの中を漁っている。言うまでもない、泥棒だ。
私は奴を追い詰めるべく、ゆっくりとキッチンの中に足を踏み入れた。
「動くな! 両手を頭の後ろに付けて、ゆっくりと…。」
「うわあああっ!!」
私の言葉をさえぎり、男はいきなり大きな声をあげた。
そして奴は、シンクのまな板の上に置いたままにしてあった包丁を掴み、こちらに体当たりをしてきた。
「うわっ!!」
「きゃあっ!」
その体当たりをまともに食らい、私は床に崩れ落ちる。一瞬息が詰まり、視界が暗転する。
「くっ…。」
ぶつかられた腹の痛みをこらえて目を開けると、奴はあろうことかユキを人質に取っていた。
おそらく、私の後ろにユキの姿が見えたからだろう。女性なら組み伏せやすいと思ったに違いない。
「ユキっ!」
私は必死で立ち上がろうとするが、腹に力が入らず、なかなか体を起こせない。
ただ、奴に捕まった彼女が、キッチンの奥のほうにひきずられていくのを見ていることしかできない。
「嫌っ! 離してください!」
ユキは必死になって奴の腕から逃れようとするが、男の腕はそう簡単には振りほどけないようだ。
「父さん、どうしたの!?」
騒ぎを聞きつけたのか、子供たちも起きてきてしまった。キッチンの中の光景に、四人とも驚いた表情を浮かべる。
「何やってんだオマエ! ユキを離せ!」
「デイビッド、迂闊に近づくな! 奴は刃物を持ってる…!」
「!?」
犯人に食って掛かろうとしていたデイビッドが、私の言葉に驚いて足を止める。
その隙に奴は、左腕でユキの首を締め付け、右手に持った包丁を私たちに向けて振り回し始めた。
「来るな! 誰も来るな…、こ、この女がどうなってもいいのかぁ!?」
絶叫と共に、犯人は左腕をさらに締め上げる。ユキが苦しそうな声を漏らした。
「ううっ…!」
どうする? どうする? ユキも子供たちも、両方とも守りたい…。こんな時、村瀬だったらどうするだろう…?
私が頭を目まぐるしく回転させていると、ユキが思い切った行動に出た。
なんと、ユキは犯人の腕の中でくるりと体を半回転させ、奴と真正面に向かい合った。そして、
ぱぁん!!
乾いた音を響かせて、ユキは犯人の両頬を挟み込むように、両手でビンタをかましていた。
「何をやっているんですか、あなたは!」
直後に、ユキの怒声が響く。犯人はあっけにとられて、それを聞いている。
「こんな事をして、一体何になると言うんですか!? 人を困らせて、迷惑を掛けて、それでいいと思ってるんですか!?」
あまりの剣幕に、犯人はおろか、私たちまで言葉を失っていた。
「ちょっと、そこに正座しなさい!」
気圧されたのか、奴はユキの言葉に素直に従う。ユキはそんな奴の正面に正座し、くどくどと説教を始めた。
「だいたい、泥棒したお金でご飯を食べたって、美味しくないでしょう? ちゃんと真っ当に仕事をして、お金を……。」
その頃になって私はようやく立ち上がり、キッチンの入り口で呆然としている子供たちのそばに寄った。
「出た…、ユキの両手ビンタ…。」
「……両手ビンタ?」
思わず呟くデイビッドに、私は聞き返す。
「うん…。ユキの必殺技。オレたちも、悪いことすると、アレやられるよ。」
「そうか…。」
「で、今くどくど言ってるのが、『小言機関砲』。ありゃあ、しばらく終わらないよ。」
初めて見るユキの姿だった。その間にも、ユキの説教は続いており、とどまるところを知らない。
デイビッドの言うとおり、簡単には終わらなさそうだ。
「……とりあえず、警察呼ぶか…。」
「そだね……。」
どこか力の抜けた様子で、私たちは居間の電話のところへと向かった。
数分後。
駆けつけてきた警察官と私たちが見たものは、にこにこ笑顔のユキと、キッチンのテーブルに並べられた食事を
泣きながらがっついている犯人の男の姿だった。
「うめぇ…、うめぇ…!」
ご飯とわかめの味噌汁、きゅうりの漬物という簡単なものだったが、彼はそれを瞬く間に胃の中に収めていった。
「…はー、美味かったです。ありがとうございました!」
食後の麦茶を一息に飲み干し、犯人はようやく人心地ついたようだった。
「落ち着きましたか?」
「はい! どうもすみませんでした! 二度としません!!」
ユキに向かって丁寧なお辞儀をすると、続いて彼は私たちにも
「すみませんでした!!」
と言いながらお辞儀をし、警察官に向かって両手をつきだし、
「よろしくお願いします。」
と、神妙に頭を下げた。
「…あぁ、うん。じゃあ、署まで来てもらおうか…。」
何となく毒気を抜かれた感じの警察官は、それでも彼をパトカーに乗せ、去っていった。
騒動が終わり、引き続き呆然としている私たちに、ユキは事も無げに言ってのけた。
「人間、空腹だと、ろくな事を考えないものです。お腹がいっぱいになれば、自然と落ち着いてくるものですよ。
きっと彼は更生します。大丈夫ですよ。」
さて、そろそろ皆さんの朝ごはんの準備をしますね。そう言ってユキは一人、てきぱきと働き始めた。
私たちはただ、ため息をつくより他にすることがなかった。
その日以来、我が家で「ユキ最強説」が囁かれることになったのは、言うまでもない。
戻る