自他共に認める親バカ
デイビッドは、「絶対欲しい」と言い張った。
私は、「まだ早い」と突っぱねた。
事の起こりは、先日皆で駅前のデパートに買い物に行ったときのことである。
「父さん、俺もうすぐ誕生日だぜ!」
うきうきしながらデイビッドが言ってきた。
「ああ、そうだな。何かプレゼントを買わないといけないな。」
「よっしゃ!」
無邪気に喜ぶデイビッド。長男とは言え、まだまだ子供だ…。
「デイビッド、何か欲しいものでもあるのか?」
「うん、携帯電話!」
携帯電話…?
「なー父さん、いいだろー?」
「…ダメだ。まだ早い。」
「えーっ!? 何でだよー! 同じクラスに、もう持ってるヤツもいるんだぜー?」
更に言い募るデイビッドに、私はため息をつき、
「あのな、デイビッド。お前はまだ小学生だ。そんな物持つ必要はない。せめて中学生になるまで我慢しなさい。」
「欲しいー!」
「まだダメだ。」
「欲ーしーいー!!」
「……。」
と、こうである。
私が反対する理由は、主に二つある。
一つは、先ほども言ったとおり、息子はまだ小学生だということ、二つ目は…、考えてもみて欲しい。
もともと好奇心が旺盛なデイビッドに、そんな物を与えたらどうなるか。
瞬く間に使いこなし、インターネットで私の知らない友人を作り…、何より、子供たちが詐欺などの犯罪に巻き込まれるのが一番怖い…。
だから、携帯電話を買い与えるのは、せめて中学生になってから、と私は思っていた。
だが次の日、そんな私の概念は大きく覆されることになる。
会社から帰ってきた私は、いつものように皆と夕食を食べ、居間でくつろいでいた。
するとそこに、ルイが紙コップを二つ、手に持ってやってきた。
「おとーさん、いとちょーだい!」
「…糸?」
「うん。あとせろてーぷ!」
一体、何に使うのか。ともあれ私は裁縫箱を取り出し、中から糸を出してやった。
「ぴんくのいとがいー!」
「…ごめんな、白い糸しかないんだ。」
「ぶー。じゃあしろでいい。」
ピンクの糸ではないことに不満を残しながらも、ルイは私の手から糸を受け取った。適当な長さに切ってやったが、あれでいいのか…?
「これをー、こっぷのそこにてーぷでくっつけてー…。」
そこまで言われて、私はようやくルイが何を作りたかったのかわかった。糸電話か…。
「できた!」
にぱっとルイは笑顔になり、糸をくっつけたコップの片方を私に持たせた。
「ちゃんともっててねー!」
コップのもう片方を持ったまま、ルイは部屋の隅まで走っていく。糸がぴんと張ったところで、ルイは足を止め、コップに向かって喋りだした。
「もしもーし。おとーさん、きこえますかー?」
「よく聞こえるぞー。」
「わーい!」
…無邪気なものである。
「お! いいなルイ! 糸電話か。」
宿題を終えて居間にやってきたデイビッドが、いち早くルイの持っていた糸電話に気づいた。
「おにいちゃんもおはなししよー。」
「いいぜ。っと父さん、それ貸してくれよ。」
デイビッドは私の手から糸電話の片方を受け取り、ルイと遊び始めた。
「もしもーし。おにいちゃん、きこえますかー?」
「…あー、どちらさんですかいのぉ?」
「ルイー!」
「…あー、ルイちゃんかい? 早く借金を返しておくれ。おばーちゃん困ってるんだよ。」
そこまでいったところで、とうとうルイが怒りだした。
「おにーちゃん、まじめにやって!」
「あはは…、ゴメンゴメン。」
「もー!」
文句を言うルイを笑っていなし、デイビッドはしみじみと言った。
「…しかしなぁ、やっぱ本物がいいよなぁ…。なー父さん、携帯…。」
「くどい。」
何のかんのと言って、結局携帯電話をねだるデイビッドに、私はぴしゃりと言い放つ。
がっくりと肩を落とすデイビッドを呆れた顔で見ていると、ブルースが居間に入ってきた。
「父さん、回覧版だよ。」
「お、ありがとう。さっき回ってきたのか。」
「うん。僕が階段を降りてきたら、ちょうど隣のおばさんが玄関を開けたところで…。」
「そうか。」
私に回覧版を渡すと、ブルースはすぐにルイに捕まる。糸電話の遊び相手だが、ブルースはルイを相手に何を話したらいいのか、わからないようだった。
「ブルース、ハープでも吹けよ。」
「糸電話を持ちながらそれは無理だよ…。」
仲良く遊んでいるようだ。私は安心して、回覧版を開いた。
しかし、そこには私の安心を吹き飛ばすような事柄が書いてあった。
「子供を狙う不審者が激増…!?」
昨今、抵抗できない小さな子供を狙う、卑劣や輩が横行しているという。特に狙われやすいのは下校途中、一人で帰っている子だという。
中には、携帯電話で助けを呼んで難を逃れた、という報告もあった。
「うーむ…。」
子供たちが不審に思うのにも気づかず、私はその記事を熟読していた。
どうする…? 子供たちを守るためとはいえ、いくら何でもそれは…。しかし、この子たちは私の宝物だ。守るためなら何でもしてみせる。
命だって投げ出す。それが父親としての責務だ…。
しばらくベッドの中で悩み続けた私は、ついに心を決めた。
次の日、仕事を終えた私は、駅前のデパートに立ち寄った。
目的は一つ。子供たちの携帯電話を購入するためだ。
デイビッドの思惑通りになるが、子供たちのためだ。出費は痛いが、犯罪に巻き込まれるよりはマシだ。
携帯ショップに寄ると、そこには予想外に色んな種類のものがあった。イルミネーション…、テレビが見られる…。
いや、子供たちの物に、にそんな高度な機能は必要ないんじゃないか…?
「何かお探しですかー?」
突然、女性の店員に明るく声を掛けられる。私は少し驚いたが、気を取り直し、
「あの、実は、子供たち、まだ小学生なのですが、携帯電話を持たせたいと思いまして…。」
「かしこまりました。では、こちらのタイプなどいかがでしょう?」
そう言って、店員さんは一つ、携帯電話を差し出してくれた。なるほどカラフルで、いかにも「子供用」といった感じだ。
「そちら、登録できる番号は指定された10コまで、メール機能やネット接続はオプションでオンオフ切り替え可能です。
また、GPS機能を搭載しておりますので、親御さんのパソコンから簡単に居場所を検索できますよ。」
「そうですか…。」
GPSか。それはいいかもしれない。値段も手頃だし、これに決めるか…。
「あとは、カメラも付いていますし、小学生のお子さまであれば、これで十分ですよ。」
「わかりました。では、これを下さい。4台分お願いします。」
4台分と言った途端に、店員の女性が笑顔のままフリーズした。
「…あの…?」
私が声を掛けると、店員の女性ははっと我に返り、
「し、失礼いたしました! 4台分ですね、ご用意いたしますので、少々お待ち下さい。」
私をカウンターへ案内しておき、彼女は店の奥へと消えていった。
「ふむ…。」
やはり、一気に4台分と言ったから、驚かせてしまったのだろうか。しかし、うちの子は4人、1つだけ買っていこうものなら、ケンカになるのは目に見えている。だから、うちは何でも4人分なのだ。
「お待たせいたしました。」
ともあれ、私は手続きを済ませ、4台の携帯電話を受け取って店を出る。デザインは1種類しかないから、それでケンカにはならないだろう。
「あとは…。」
私は100円均一ショップに立ち寄り、首から下げるタイプの携帯ストラップを4つ買い求めた。デイビッドには緑色、ブルースには青、学には水色、ルイには花柄のもの。ルイは花柄なら問題はない。
これを持って帰ったら、子供たちはどんな顔をするかな…。
「ただいま。」
「お帰りー!」
家に着くと、子供たちが総出で迎えてくれた。と、手に持った携帯電話の紙袋を目ざとく見つけたデイビッドが、驚いた声を上げた。
「おー! 父さんこれ! ケータイだろ!?」
「…夕飯の後な。」
「ちぇー!」
口をとがらせるデイビッド。頭を軽く撫でてやると、くすぐったそうな顔になった。
「じゃ、早くご飯食べようぜ!」
元気に駆けだしていく息子の姿を見ながら、私は早くも「買って良かった」と思ってしまった。
夕食の後、私は居間に集まった子供たちに携帯電話を渡した。
「デザインも機能も同じだから、どれを選んでもいいぞ。」
「わーい!!」
子供たちは我先にと携帯電話の箱を開け、歓声を上げる。
念願の携帯電話を手にし、デイビッドは心底嬉しそうだ。
「でも父さん、何でルイの分まであるんだ?」
「…お前たちのだけ買ったら、絶対欲しがるだろう? だったら、最初から全員分買った方がいいんだ。」
「…そっか。」
続いて、ストラップを渡す。
「首に掛けるタイプだ。長さは自分で調節しなさい。」
「ルイ、おはなのもよーがいー♪」
予想通り、ルイは花柄のを真っ先に取った。喜ぶ子供たちに、私は携帯電話を持つ際の約束を話した。
「いいか? 学校に持っていっても構わんが、授業中は電源を切っておくこと。あと、通話とメールは出来るが、インターネット接続は出来ない。まだ必要ないからな。」
と、これに反応したのがデイビッド。
「えー!? 待ち受けとか、ダウンロードしたかったのに!」
「…中学生になったら、許可する。」
「はぁ…。ま、しょうがねーか!」
渋々ながらも納得した様子のデイビッド。説明書を読みながら、早くもいじり倒している。
「ルイのは、父さんが預かっておこうな。休みの日になったら渡すから。」
「うん。」
「それから、父さんの携帯の番号と、ユキの携帯番号も登録しておきなさい。あとは…、念のためだ、村瀬の番号も教えておこう。登録できるのは10件までだ。残りは好きなように使うといい。」
「よっしゃ! さっそく村瀬のおっちゃんに電話してみよ!」
デイビッドはうきうきしながら、村瀬に電話を掛け始めた。…まだ、起きてるとは思うが…。
「…はい、村瀬です。」
「あ、村瀬のおっちゃん!? オレオレ!」
「…誰だよ。オレオレ詐欺ならお断りだ。」
…村瀬は地声が大きいので、電話口にいなくても良く聞こえる。
「ちっがうよ、俺だよ! デイビッドだよ!」
「なっ…、お前、デイビッドか!? どうしたんだ、いつもと番号が違うぞ!?」
「へっへー、父さんにケータイ買ってもらったんだー!」
「うっわマジかよ、親バカにも程があるぜ…。」
…あぁ、こりゃ明日会社で言われるな…。
「じゃーな、村瀬のおっちゃん! おやすみー!」
通話を終えたデイビッドは、何を思ったか、急に私の方に向きなおり、
「父さん、ありがとう!」
満面の笑みで、こう言った。
それを見た瞬間、やっぱり(買って良かった)と思ってしまうのだった。
翌日、会社に向かう途中でばったり村瀬に出くわした私は、そのまま駅まで向かうことになった。
「そういえばよぉ、昨夜デイビッドが電話掛けてきたぞ。お前、本当に携帯電話なんか買ってやったのか?」
「…ああ。」
「まだ小学生なのに、そんなもん必要なのか?」
「仕方ないだろう。この前回覧版で、近頃子供を狙った犯罪が多発してる、って文を読んだら、いてもたってもいられなくなって…。それに、子供たちのためだと思えば、安いものさ。」
私の言葉に、村瀬は呆れたように嘆息し、
「はぁ…。お前ってやつは、超ド級の親バカだぜ…。」
「…何とでも言え。」
そう。私は、自他共に認める、最大級の親バカなのだ。こればっかりは、誰に何を言われようとも、譲れない。
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