天上の音楽


「……。」
一歩一歩、歩を進めるごとに、柔らかな感触が俺の足を押し返す。
俺は今、白く大きな雲の上を歩いていた。前方から聞こえてくる、ギターの音色に誘われて。
きっと、この音色を奏でているのは、あいつだろう…。
導かれるように歩いていくと、程なくあいつは姿を現した。俺に背を向けて座り込み、一心にギターを弾いている。
彼の三歩ほど後ろで立ち止まり、俺は声を掛けた。
「…オーウェン。」
彼の手が止まる。ゆっくりとこちらを振り向くオーウェンに、俺は軽く右手を上げて挨拶をした。
「…来ちまったよ。」
オーウェンの目が驚愕に見開かれる。口をぱくぱくさせながら立ち上がり、ごくりと唾を飲み込んだ後でようやく声を上げた。
「なっ…、お前、ブルース!? 何でお前がここにいんだよ!?」
「うるせぇな。来ちまったもんはしょうがねぇだろ。」
軽口を叩きながら、俺はオーウェンの隣に腰掛けた。それを受けて、オーウェンも再び座り込む。
「死神ブルースが死んじまうなよ…。」
「…俺だって、死にたくなかったさ…。」
思い出した。段々自分の体温と血液が失われていき、意識が薄れ、何も見えなく、聞こえなくなっていく、あの感覚を。
暗い顔になった俺を慰めるように、オーウェンは話題を変えてくれた。
「バルジ隊長は、元気か?」
「…あぁ。」
「デイビッドは?」
「相変わらずだ。」
「ユキは?」
「…ユキはセクサロイドだ。変わるはずがねぇだろ。」
「…はは、そりゃそうだ。」
こうやって話していると、あの頃に戻ったような感じがする。懐かしさに浸りながら、俺はオーウェンとの会話を楽しんでいた。
「俺がこっちに来た後、お前に相棒って出来たか?」
「……あぁ。」
学のことを話題に出され、俺は少し口篭った。俺が下に残してきた、4人目の相棒。
「名前は? どんな奴だった?」
「……有紀学。いつだって真っ直ぐで、バカで、まだまだ頼りなくて、無鉄砲で、考えなしで…。
 …いくら突き放しても、俺の心に真っ直ぐに入ってきやがる。そんな奴だった…。」
学のことを思うと、胸が痛む。…そうだ。俺はまだ生きたかった。シリウス小隊の皆と、まだ一緒にいたかったんだ…。
「…良い奴だったんだな…。」
オーウェンの言葉に、俺は小さく頷いた。学のやつは、オーウェンとは違うやり方で、俺の心を開いてしまった。
そのひたむきさに、何時しか俺は、学を相棒として認めていた。それは、これからもずっと続くはずだったのに…。
「…っと、そうだ。ブルース、またセッションしねーか?」
「…何?」
傍らに置いておいたギターを引き寄せ、オーウェンはチューニングを始めた。
「せっかく会えたんだ。あの頃みたいに、二人で演奏しようぜ。…踊る役のデイビッドはいないけどな。」
その言葉ににやりと笑い、俺は懐に手をやった。長年使っているブルースハープは、手にしっくりと馴染んでいる。
…こいつも、相棒と言えるのかもしれない。
「…じゃ、イントロからな。ちゃんと付いて来いよ。」
「お前こそ、間違えんなよ。」
オーウェンがギターをかき鳴らす。知らない旋律だが、何故か俺はそれを知っていた。
吹きだすと、ハープの音色はギターと溶け合って、周りに広がっていく。
夢中で吹いた。心のままに吹いた。
曲が終わると、二人とも息が上がっていた。
「…よかったぜ、ブルース。きっと、学とやらにも届いてんじゃねーか? 俺たちの、この音色。」
「…あぁ。そう願いたいな。」
空を見つめる。その先には、どこまでも青い世界が広がっている。下に残してきた人たちの未来を、そっと指し示すように。

天上から溢れ出す音楽に、俺は自分の思いを託した。俺はいつでも、皆を見守っている、と。




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