能ある触手は爪を隠す…かもしれない。



下水道の中に、二人分の足音が響く。
一つは、俺の立てる、ぺたぺたとした足音。そしてもう一つは、ずるっ、ずるっという、何かを引きずるような音。
我が家から少し離れた下水道の中を、俺は今、…フィーフィーを伴って歩いていた。
ドニーから、下水道に現れた異常の調査を頼まれたのが、今から十五分ほど前。そして、

「お願いだよラファエロ〜。最近のフィーフィー、すっごく賢くなってきてるんだ! だからさ、ラフに同行させてあげて! ね!!」

そんな事を言いながら、マイキーは俺にコイツを押し付けてきた。
無論俺は抵抗した。思いっきり拒否した。
しかし、レオの奴は無関心だし、ドニーは「行っといでよ」と軽い調子、さらにマイキーのごり押しとくれば、もう俺に拒否権はないに等しい。
仕方なく、俺はフィーフィーを隣に従え、異常の認められる場所に向かって歩いていた。
…正直、あまり気分は良くない。コイツといると碌な事がない。いや、ヒドイ目に遭った記憶しかない。とっとと済ませて帰るか、と思っていると、突然フィーフィーがぴたりと動きを止めた。

「…どうした?」

小さく声を掛けるも、フィーフィーは動かない。それどころか、真っ直ぐに前方を睨みつけ、ぐるるると唸り声まで出している。奴の視線の先を追うと、もうすぐ異常があったという場所に着こうかというところ。

「…なるほど、おいでなすったか。」

上等だ。俺は腰のサイを引き抜き、敵襲に警戒しながら歩を進める。すると、すぐ側にあった脇道から、フットソルジャーが四人、俺たちの行く手を阻むように現れる。異常の原因って、こいつらか…!

「お前ら! こんなとこで何してやが…。」

俺が問い詰めるより早く、何故かフィーフィーが動いた。奴はその触手を使い、フットソルジャー共を絡め取ると、奴らが出てきた脇道の奥に向けて、力任せにぶん投げた。

「……。」

俺が唖然としていると、フィーフィーは一つしかない大きな目をこちらに向け、どうだ、とでも言わんばかりに胸を張る…ような仕草をする。その様子がやけに人間くさくて、俺はつい笑みを零してしまった。

「…やるじゃねぇか。」

しかし、まだ終わったわけではない。俺は笑みを消し、次の戦いに備えて気を引き締める。

「まだいるはずだ、油断すんなよ!」

そのまま進んでいくと、広い空間に出た。この辺りの下水が、一度集まる空間。吹き抜けのような構造になっており、俺たちがいる場所の上のほうからも、絶え間なく下水が流れ落ちてきている。
物影から様子を伺い、辺りを見回す。すると、視界の端で、何やら白衣を纏った怪しげな男が二人、屈みこんで作業をしているのを見つけた。あいつらだな…!

「…出るぞ。」

敵の姿を認めた俺は、潜んでいた物影から飛び出す。その後を、フィーフィーもついてくる…はずだった。しかし。
風を切って襲い掛かってきた分銅つきの鎖が、フィーフィーの足を止める。移動の際に使う、一際太い触手、六本を鎖に絡め取られ、フィーフィーは慌てたように触手の先端をばたつかせた。

「フィーフィー!」

俺は鎖の出所を目で追った。上のほうにある足場に、フットソルジャーが六人。奴らの手から一本ずつ伸びた鎖が、フィーフィーを縛めていた。更に、

「…貴様が来たのか。」

横合いから聞こえてきた足音と、こちらを侮蔑するような声。反射的に振り向くと、そこには俺の「天敵」がいた。

「ハン…!」

フットソルジャー達が絡んでいる以上、こいつも現れるんじゃないかと、薄々は予感していた。…当たってほしくはなかったが。
ハンがこちらに歩いてくると、戦いの気配を察したのか、白衣の男二人は足早に逃げ去っていく。ったく、厄介なヤツが出てきやがったな…!
俺が歯噛みしていると、ハンの目つきが、何か嫌なものを見たときのような物になる。

「…その生き物は一体何だ。」
「あ?」

その生き物って…、フィーフィーのことか。俺は嘆息し、一言で説明を打ち切る。

「…俺の、仲間だ。文句あんのか。」
「…仲間、だと? …はっ、薄汚い奴ら同士、よせ集まってる、ってことか。いかにもお前ららしいな。」

ハンの揶揄に、俺は答えない。フィーフィーは抵抗を止めたのか、大人しくしている。

「ずいぶんとこいつらを可愛がってくれたようだが…、その様子じゃあ、手も足も出まい?」

にやにやと下卑た笑みを浮かべるハンに対し、俺はあくまでも表情を変えぬまま、手に持っていたサイを腰紐に差し込んだ。

「…勘違いしてもらっちゃ困るな。」
「…何?」

俺のセリフに、ハンの表情が怪訝なものに変わる。

「いいか、教えといてやる。コイツはな…。」

そこで言葉を切り、俺は右手を高々と掲げ、ぱちんと一度指を鳴らす。と、それを合図にフィーフィーが動いた!

「…うわぁぁぁぁっ!!」

フィーフィーは、己の触手を、敵を文字通り薙ぎ払うように振り回したのだ。もちろん、絡まった鎖ごと。当然、その鎖を掴んでいたフットソルジャーもバランスを崩し、足場からばらばらと落下してくる。何人かは下水の中に落ちたようだが、知ったことではない。

「なっ…!?」

恐らく、あれで完全にフィーフィーは押さえ込めていたと思っていたのだろう、ハンが驚愕の表情を浮かべる。先ほどのお返しとばかりに、俺はハンに向かってにやりと笑って見せた。

「…お前なんかより、ずっと強ぇんだ。」

鎖が解け、自由になったフィーフィーは、倒れていたフットソルジャーたちを、一人残らず濁流の中へと叩き込んでしまう。うろたえたのか、ハンが後ろに一歩下がる。そこへ、

「よそ見してんじゃねぇっ!」

俺がたっぷりと助走をつけて放ったとび蹴りが見事に決まり、ハンは間抜けな声を上げながら壁に叩きつけられ、動かなくなる。

「やったな…!」

俺が着地すると同時に、フィーフィーが俺の横をすり抜け、ハンの元へと移動する。何をするのかと思っていると、フィーフィーは自身が持つ一番大きな触手で、ハンの顔をべちっと殴りつけた。完全に気絶したハンの顔に、赤い痕が残る。

「…お似合いだぜ、ハン。」

止めの一言を言い放つと、こちらを見つめるフィーフィーと目が合う。俺は笑みを深くし、互いの健闘を讃えあうハイタッチをフィーフィーと交わす。

「さぁて、帰るか!」


その日の夜。マイキーのヤツが、何やらフィーフィーと話し込んでいた。

「…うん、うんうん。分かった。ねーラファエロ! フィーフィーね、ラファエロに『仲間』って呼んでもらったのが、すっごく嬉しかったんだって!」

明るい口調で言われ、俺は読んでいた雑誌から目を上げた。

「前から思ってたんだが、何でお前、あいつと意思の疎通が出来んの?」

マイキーはその問いに答えず、良かったねーなどと言いながら、フィーフィーの頭…と思われるところを撫でている。それ以上会話は続かないと思い、俺はまた雑誌に視線を落とした。

「…ん?」

ページを捲ろうとした右手に、何かが絡みつく。見るとそれは、フィーフィーの触手。体ごと後ろを向くと、マイキーが「握手!」とか言いながらフィーフィーを囃し立てている。
…確かに、今日の一件で、俺のフィーフィーに対するイメージはだいぶ変わったように思う。マイキーの言うとおり、成長してきてんのかもな…。
俺は絡んできた触手の先端を握り、握手の要領で軽く上下に振る。…そうだな、「仲間」だもんな、俺たちは。


こうして、俺とフィーフィーの関係は、少しずつではあるが、改善されてきた。しかし。

「…べろべろ舐めるなぁっ!!」

「あははー、もうすっかり仲良しだね!」

「マイキー! とっとと止めさせやがれ!!」

…これだけは、どうしても受け入れられない。



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