受話器の向こう側で待ってる
「ジャマするぜー…。」
何度チャイムを鳴らしても、ノックをしても、応答がない。こんな時のためにと貰っておいた合鍵で、俺はそっと部屋の中へと入る。
ケイシーの、部屋。主のいないこの部屋は、いつも通り、雑然と散らかっていた。
(今日、会うはずだったんだけどなぁ…。)
待ちきれなくて出向いてみたら、何と留守だった。どこほっつき歩いてんだよ、ケイシー…。
仕方なく、俺はケイシーの部屋に留まったまま、時間をつぶす。積み重ねられた本、いかにも適当に並べられたスポーツ用品、テーブルに放置されたままの朝食の皿、皺くちゃになったベッドのシーツ。
(しっかし汚ぇな…。)
我が家であれば、即座にレオナルドがキレて片づけを命じるレベルだ。する事もないし、俺はこの辺りを片付けようと決めた。
まず、閉め切っていた窓を開け放ち、空気の入れ替えを行う。次に、テーブルの上にあった皿を全てキッチンに持って行き、キレイに洗う。
そして、山となっていた本を棚に戻し、ソファーの上に脱ぎ散らかしてあった洗濯物も、何回かに分けて洗濯機の中へ。
(この部屋じゃ、モテねぇわけだ…。)
そんな事を思いながら、俺は部屋のゴミを一つにまとめる。…ま、いいやな。こんな部屋、せっせと掃除してやる存在なんて、きっと俺くらいしかいない。妙な優越感に浸りながら、俺はようやくさっぱりした床に掃除機をかけた。
「…よし! これでちったぁさっぱりしただろ!」
片づけを終わらせた俺は、冷蔵庫から飲み物を失敬して、乾いた喉を潤した。来たときと比べて、かなり片付いた部屋の中。俺は辺りを見回して、一箇所だけ、まだ手をつけていない場所があったのに気づく。
(あれで最後、だな)
コップを元通りに洗って戻し、俺は最後の仕上げとして、皺になっていたベッドのシーツを、新しい物と取り替える。ケイシーの部屋の、どこに何が入っているかなんて、とうに心得ている。洗濯済みのシーツを取り出し、キレイに敷き直すなんて、お手の物だった。
「あー、疲れた…。」
今、キレイに敷き直したばかりのシーツの上に、勢い良く倒れこむ。ベッドのスプリングがきしむ音がした。手近にあった枕に頭を乗せると、ふわりと鼻に届いた匂いに、胸が急に苦しくなる。
(…ケイシーの、匂いだ)
側によるたびに、頭を撫でられるたびに、あの腕に抱かれるたびに香ってくる、ケイシーが身に纏う匂い。つい、枕に顔を埋め、思い切り息を吸い込んでしまう。…一呼吸ごとに、離れているのが、少しずつ寂しくなってくる。
「あのバカ、とっとと帰って来いよ…。」
ぽつりと漏らした呟きが消えると同時に、枕元に置いておいたシェルセルが鳴った。通話ボタンを押すと、今一番聞きたかった声が溢れ出てきた。
「ラファエロ! お前一体どこにいんだよ!」
…ケイシーだ。思わず笑みをこぼしそうになるのを何とか堪えて、俺は出来る限り不機嫌な声を作る。
「お前こそ、どこ行ってんだよ。」
「はぁ? お前ん家にいるに決まってんだろ! わざわざ迎えに行ったのに、何でいねぇんだよ!」
「…えっ?」
ケイシーが俺たちの家にいて、そんで俺がここにいるってことは…、何だ、俺たちすれ違っちまったのか。
あまりの事に、俺は今度こそ笑みを漏らす。何やってんだろうな、一体…。
「ケイシー、俺、お前の部屋に来てんだ。…待ちきれなくてよ。」
「…えっ? だって、散らかって、た…」
「片付けた。ぴっかぴかだぜ?」
ベッドの上に仰向けになり、俺は長く息を吐き出す。ケイシーの声からイラつきが消え、どこかほっとしたような柔らかさを帯びる。
「あー、良かったー…。約束、忘れられちまったのかと思った…。」
「バーカ、誰が忘れるかよ。」
「あっ、バカとは何だよバカとは!」
…こういった、他愛ない言葉のやりとりすら嬉しくて、寂しかった胸が優しさで満たされていく。
「とにかく、早く帰ってこいよ。…待ってるから。」
「…おう。」
通話を打ち切り、シェルセルを手から離して、俺は笑顔のまま目を閉じる。
…早く来い。ここで、待っててやるから。
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