Will



西の空に残っていた残照が、静かに消えていく。
そのかわり、気の早い宵の明星を筆頭に、無数の星たちが空に輝き始める。
そんな光景を、俺は自宅のベランダに立ち、じっと眺めていた。
「……。」
一旦自分の部屋に行っていた学が、無言のまま、俺の隣に戻ってくる。そして、俺と同じように空を見上げる。
「…結局、一日中ベランダにいたな。」
俺がそう呟くと、学は苦笑を漏らし、
「まあ、たまにはそういう日があったっていいじゃないですか。」
笑う学だったが、次の瞬間、ひんやりとした風に吹かれて顔を強張らせる。
「寒っ…!」
自分の腕を抱えるように、学は体を震わせる。それを受けて、俺は部屋の中へと戻り、クローゼットから肩掛けを取ってきて、学に渡した。
「ほら、これでも掛けておけ。」
「あ、すいません…。…はぁ、あったかい。」
俺が渡した肩掛けで体を包み、学は安心したように息をつく。
「春めいてきたとはいえ、まだまだ夜は寒いですねぇ…。」
「…まあな。」
確かに、昼間までの暖かさはなくなり、外にいると少しずつ指先が冷たくなってくる。
「ブルース、寒くないんですか?」
「気にするな。お前ほど寒がりじゃないからな。」
「ひどいですー!」
元より、一枚しかない肩掛けを学に使わせているため、俺は他に着るものがない。
冬用のコートならあるが、それを着るほど寒くもないし…。
すると、いきなり学が俺の両手を取り、自分の両手で包み込んだ。
「じゃあ、せめて手だけでも…。」
ぎゅっと握られた手から、学の優しさが伝わる。じんわりとしたその温もりは、俺の心も一緒に温めてくれた。
「…ありがとう、学。温かい。」
「そうですか?」
にっこり笑う学。その笑顔に、俺の心はもっと温かくなった。
「はぁ…、早く桜が咲かないかなぁ…。」
「桜?」
訝しむ俺に、学は視線を空に向け、
「だって、早くお花見に行きたいんですよー。」
「…気の早い奴だな。まだまだ先だぞ?」
「今から楽しみにしてるんですよ。ブルースと一緒に遠出するってだけで、もうわくわくしちゃって仕方ないんですから!」
……嬉しいことを言ってくれる。
「こんなに春が待ち遠しいなんて、初めてですよ! ブルースと見る桜、どんなにキレイでしょうね!」
「あー…、うん。その…。」

桜だけじゃない。
夏の花火や青い海、秋の紅葉、澄み切った満月。冬の雪景色、白く染まる吐息。
それら、目に映るすべての物を、これからもずっと、お前と一緒に見たい。

そんな、プロポーズじみた言葉を胸の奥に飲み込み、俺は軽く咳払いをした。
「え? ブルース、今何か言いかけませんでした?」
「…いや、気のせいだろ。」
「えー!? そんなー! 気になります! 言ってくださいよー!」
「嫌だ。言ったら最後、お前すぐ図に乗るからな。何があっても言わない。」
「乗りませんったらー!」
「ほら、学。あそこに見えるのが、『春の大三角』だ。ずいぶん大きく見えるんだな。」
「はぐらかさないで下さい!」
まだ文句を言う学だったが、さすがにキスをされると黙る。唇を離すと、学はそのまま俺に抱きついてきた。
「ブルース…、俺、ブルースとずっと一緒にいたいです…。」
「…そうだな。俺もそう思う。」
腕の中の温もりが嬉しい。俺はずり落ちそうになっていた肩掛けを直してやり、
「さあ、そろそろ部屋の中に戻ろう。ココアでも飲むか?」
「はいっ!」
学を先に部屋に入れさせ、俺は少しゆっくりとベランダに続く窓を閉めた。

さっき、学は「ずっと一緒にいたい」と、こう言った。
が、俺の中では「一緒にいる」というのが、もう決定事項になっている。
この温もりを手放す気は無い。
ベッドの中、微かに笑顔を浮かべて学は寝ている。彼の額に触れるだけの口付けを落とし、俺も学の隣に身を横たえた。



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